研究者インタビュー

コンピュータシミュレーションで「常識」の誤りを打ち破る

  • LINEで送る

東北大学金属材料研究所 計算材料学研究部門 教授
専攻=計算材料学
川添 良幸 先生

誤っていた「鉄は錆びる」という常識

 元素と聞くと、学校で習った周期表を思い出される方が多いでしょう。原子番号の順に水素、ヘリウム、リチウム…と並べた表を、今も語呂合わせで覚えていらっしゃるかもしれません。この宇宙のあらゆる物質が100種類強の元素からできていて、2種類以上の元素の組み合わせによる「化合物」に対して、1種類の元素からできている物質を「単体」と言う、などの知識もお持ちだと思います。

 ところが現実には、100%純粋な物質というものは存在しません。たとえば「純金」というのは、「純度99.99%以上」という意味に過ぎないのです。「鉄は錆びる」と思われていますが、実は炭素、リン、硫黄などの不純物元素を取り除いて純度を上げていくと、どんどん錆に強くなっていきます。「鉄は錆びるから、クロムとニッケルとの合金にしたステンレス鋼として利用する必要がある」という常識は間違っていたのです。

 実際に、東北大学で作り出した純度99.9999%の鉄は錆びません。またインドのデリーには1600年近くも雨露にあたりながら全く錆びない7メートルもの鉄柱が存在していますが、これも、鉄を熱しながら叩いて不純物成分を内部から追い出す「鍛造(たんぞう)」を行って、99.72%程度の高い純度を実現したことが第一の理由であると考えられます。

 今言ったようなレベルの話になると、純度を正確に測定すること自体が大きな問題になります。つまり、分析技術が発達して精度が上がらない限り「純度を高めるとどうなるか」ということもまた分からないのです。このように、分野を超えて相互に協力し合うことを「学際的研究」と言います。

 また元素は「それぞれ固有の性質を持つ」と言っても、実際には原子の結晶構造や結合様式によって性質の違う「同素体」が存在します。たとえばダイヤモンドとグラファイト(黒鉛)はどちらも炭素の単体ですが、ダイヤモンドは硬くて電氣を通さず色は透明、グラファイトは軟らかくて電氣を通し、色は黒で鉛筆などに利用されています。正反対と言って良いほど、全く違っています。

 炭素の「同素体」は他にもあります。ただし結晶は、ダイヤモンドとグラファイト以外には存在しないと考えられてきました。しかし私たちの研究グループは、第3の炭素結晶が存在し得ることを計算によって示すことに成功し、2009年2月に発表しました。この「K4」は、機械的には不安定で、現在、様々な安定化が実験的に試みられています。しかし金属結晶であることから、将来は画期的な材料になり得ると考えられています。これもまた、数学と物理学の学際的研究の成果の一例だと言うことができます。

計算で新たな物質が「発見」「設計」できる

 今お話した例のように、私たちの研究グループが取り組んでいるのは、計算によって物質を追究する「計算材料学」という学問です。コンピュータの性能が飛躍的に向上したため、近年は実験に先行して、計算によって新しい物質が「発見」されるケースが増えています。新薬の開発などは、既に存在している物質を出発点にするのではなく、「計算・設計が先で実験が後」という順で進められる場合が今ではほとんどです。

 新薬開発に限らず、計算材料学はさまざまな場面で実際の生活に役立っています。新幹線などで使われているネオジム磁石の高度化や低価格化についての研究も盛んになされています。今は特に、資源問題や環境問題の解決に貢献することが期待されています。

 元素は、利用が可能な地表付近に存在する割合に大きな差があります。「レアメタル」という、産業に役立つ希少な金属のことはご存じでしょうか。資源は地域的に大きく偏っていて、たとえばインジウムは中国に集中しています。また今のペースで採掘を続ければ、あと6年で掘り尽くされてしまうとされています。インジウムは、テレビ・パソコンのディスプレイを作るのに欠かせない元素です。私たちはディスプレイの製造過程からインジウムを削減するプロジェクトを進めており、設計と実験を経て、今は実用化に向けた研究の段階にあります。

 安く手に入る元素、豊富にある資源を使って、必要とされる性質を持った材料を作るにはどうしたら良いか。これが計算材料学の大きなテーマです。

 環境問題・健康問題では、化粧品会社と共に、紫外線のカット剤の開発にも取り組んでいます。紫外線による人体への悪影響は、地域によっては深刻な問題です。顔や手を布で覆ったり、白い薬剤を塗ったりせずに、透明でありながら紫外線をカットできる薬剤が開発できれば、きっと役立つでしょう。これについては、今はまだ「可能性がある」としか言えませんが、以上のように新たな材料の研究は、市民の皆さんの生活に深く広く関わっているのです。

 東北大学金属材料研究所計算材料学センターのスーパーコンピューティングシステムは、材料設計開発に特化したシステムです。国内外の研究機関や民間企業等との共同研究プロジェクトが、数多く進められています。実験だけに頼っていた時代に比べれば遥かに効率的ですし、コンピュータの性能は今も向上し続けています。計算によるシミュレーションと、実験と理論とが互いに協力することで、これからもさらなる研究の進展が期待されています。 

市民に伝えたい本当に正しい科学的知識

 実は高校時代、いちばん興味を持っていたのは天文学でした。一方で「この宇宙の根源、原理、成り立ちを知りたい」という氣持ちも強く、大学は理学部を選びました。私が2歳になる年に湯川秀樹先生が日本人初のノーベル賞を物理学で受賞されたり、小学生のときに「鉄腕アトム」が雑誌に連載されたりして、原子核理論が注目を集め、科学全体の中でも輝いていた時代だったことも影響していたのでしょう。

 その後、日本への導入期にコンピュータを研究し、今はナノ科学を主なフィールドにしています。巡り合わせもあったのですが、妻からは「あなたはいつも陽のあたる研究ばかりしているわね」と言われます(笑)。

 私は自分の専門領域に限らず、広く「科学」について考え、またその成果を市民の皆さんにも届けたいという強い希望を持っています。2003年には「科学協力学際センター」というNPO法人を設立し、代表理事になりました。分野を超えた学際的な研究を推進し、そこから新たな産業を創り出す一方で、最先端の研究成果に市民が楽しみながら触れられる雑誌「テクノクロップス(科学の種)」を発行するなどの活動を行っています。

 市民の皆さんに直接お話させていただく時は、身近で意外な事実から始めることで、興味を持っていただけるよう工夫しています。たとえば月は、地球からの重力に比べて2倍も大きい重力を太陽から受けていることをご存じでしょうか。たしかに木星のように太陽から遠い惑星の衛星は、木星の影響下にあると言えます。しかし太陽に近い地球と月は、重力的に見ればどちらも太陽の強い影響下にあるため、こうした「重力圏」という見方からすれば、月は地球とともに太陽の周りを回る「もう一つの惑星」であると考えるべきなのです。

 もう一つ、虹の色の数はいくつでしょう? 今の日本人はヨーロッパの影響を受けて7色だと思っていますが、実は虹の色の数は国や地域によって変わります。色を数える人間の側の思い込みによって、色の数が違ってしまうのです。日本では、古くは虹は5色でした。それどころか、「明るい色と暗い色の2色」と数える民族さえ存在します。

 先ほどの「本当は鉄は錆びない」もそうですが、私たちが長く常識だと思っていたことが、実は誤っていたという例は思いがけず多いものです。これからも様々な機会を捉えて、科学の発展によって明らかになったことを、市民の皆さん、特に子どもたちに伝えていきたいと思います。皆さんもぜひ「常識」にとらわれず、興味関心を広く持って学び続けていただきたいと願っています。

(取材=2009年11月26日/東北大学・金属材料研究所二号館川添研究室にて)

研究者プロフィール

東北大学金属材料研究所 計算材料学研究部門 教授 
専攻=計算材料学
川添 良幸 先生

(かわぞえ・よしゆき)1947年宮城県生まれ。東北大学理学部卒業。東北大学大学院博士課程修了。理学博士。東北大学教養部助手、情報処理教育センター助教授を経て、1990年より現職。他にナノ学会会長、中国上海復旦大学顧問教授など。専攻は計算材料学。

  • LINEで送る