研究者インタビュー

名探偵のように物質の正体に迫る楽しみ

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分析化学は成分をつきとめる学問

 私が高校3年生のときの担任が、当時はまだ珍しかった女性の化学の先生でした。その先生が、「化学平衡ってどうもよくわかりません」という私の質問に対して「その疑問を解決するために、大学で化学を学びなさい」とおっしゃったのです。その時「大学は自分の興味関心で選ぶべきだ」ということが初めて納得でき、進路を決めました。今思うと、うまく誘導されたような氣もしますが(笑)。

 実は高校では数学が苦手だったので、自分が理系だとはあまり考えていませんでした。実際入学してから数学の力の不足で苦労しましたが、大学で学ぶうちに自分の抱いた疑問である、反応が一定の状態まで進んで安定する「化学平衡」という現象についてよく知ることができました。また、理系か文系か、という分類を数学の点数で判断するのは危険だ、ともいえますね。もっとも、あまりに数学ができないのでは理系は難しいと思いますが。

 分析化学は「どんな成分がどれだけあるのか」を研究する学問です。18世紀に確立された古くからある研究分野ですが、私が大学に入った頃はちょうど社会的な注目を集めていました。公害が大きな問題になり、水俣病の原因物質が水銀であることが解明されるなどした時期だったのです。そうした社会問題に関心を持ちつつ、私は4年生になって専門の分野を選択するときに、分析化学の研究室に入りました。

 分析化学の面白さは、これはあくまで私個人の感覚ですが、推理小説の面白さに通じるところがあると思います。推理小説の探偵が犯人をつきとめるように、私たちは物質の中に何がどれだけ含まれているかをつきとめます。周期表に記載される元素は100種類強ですが、それらが結びついた「化合物」は、1種類の元素からなる「単体」とは全く違った性質を持っており、しかも無数に存在します。基本的には、数多い候補の中から「こういう成分が含まれているのでは」と推理し、実験でその存在を確かめるという地道な作業の積み重ねです。

 皆さんも高校までの授業で、化学変化を起こして沈殿をつくるなどの方法で、どんな物質が含まれているかを明らかにする実験をしたと思います。私の研究も、基本的な方法は変わりません。ただ、例えば色が変わったとしても、それを観察で判定することが難しい場合もあります。既存の分析方法が使えないなどしてうまくいかない時は「どうすればつきとめられるか」を考え、試行錯誤を繰り返します。

 高度な機器、装置を使えば、人間の感度では及ばないところまで判定することができます。そうした装置の開発も分析化学の重要な研究分野で、2002年にノーベル化学賞を受けた田中耕一さんが勤める会社も、そうした機器の開発・製造をしている企業です。 

おいしい海の生き物たちを分析

 このように、分析方法を工夫することも大変面白く、みごとに解明できたときは二重の喜びが味わえます。まさに、わずかな手がかりから犯人を言い当てるシャーロック・ホームズになったような氣分です。もちろん失敗も少なくありません。けれど失敗しても「失敗には必ず理由がある」と考え、自分の発想そのものを点検・分析して、次のステップに進むことが大切です。

 動植物が生きていくためには、微量ですが、いろいろな種類の金属元素が必要です。私は主に、海に生きる生物が体内に集める元素、特に金属元素について研究してきました。

 私は仙台の生まれで、小学校から大学院までを仙台で過ごしました。その後は神奈川県で高校の教員をしていましたが、石巻専修大学が開学した際、助手として赴任しました。石巻には中学時代の遠足で来たくらいで縁がありませんでしたが、仕事が決まって最初に考えたのは、石巻と言えば海、海と言えばおいしい食べ物(笑)。海洋生物を研究対象にしようと考えたのは、そこからの発想です。

 現在は、食品分析、栄養化学の重要性がかつてないほど大きくなっています。例えば、野菜に含まれる成分の違いからその作物がどこで栽培されたものかを特定し、産地の偽装を見破ることができます。同じホウレンソウでも、育った土地の土の中の成分によって鉄分の含有量に違いが出るのです。このように、元素濃度のバランスの違いを明らかにすることで作物の取れた場所まで遡ることを「トレーサビリティ」と言います。私はその研究を、それまで日本ではあまり取り組まれてこなかった海洋生物について行おうと考えたのです。

 難しかったのがカキの産地の特定です。韓国のカキは宮城から持って行ったものを増やしたので、DNAを調べても区別がつきません。そこで元素の濃度で判定できないかと研究をしたのですが、同じ宮城県産のものでも、まず湾の中の位置による違いが大きく、加えて同じ一本の養殖用ロープでも、上部で育ったものと下部で育ったものには違いがあることが分かりました。ですから今はまだ、完全なトレーサビリティは難しいと言わなければならないのが現状です。

 生物は個体差が大きいので、1つや2つを調べて結論を出すことはできません。「あれか、これか」と考えられる成分を手当たり次第に調べてみて、山のようにデータを集めます。「真犯人」以外のあらゆる可能性を厳密に排除していくため、なかなか論文を書くに至らないテーマも少なくないのです。

漁師さんに学びながら研究を進める

 こうした研究は普通何人かのチームを組んで取り組みます。しかし石巻専修大学で分析化学の研究者は私だけなので、ずっと一人で研究を続けてきました。ただ同僚に、何人か水産専門の研究者がいたのは幸いでした。最初は海に一緒に連れて行っていただき、彼らにいろいろと教わることから始めました。やがて漁師さんから直接お話をうかがうようになり、貴重な情報をいただきながら研究を進めてきました。海では、漁師さんが私の先生です。

 一人で研究してきたことで、時間がかかるというマイナスはありました。一方、自分自身の手で調べなければ氣づけなかったという経験も多くしてきたので、その点はプラスだったと思っています。

 日本は南北に長い国で、実に多様な海洋生物が棲息しています。また日本人は、たくさんの海産物を食べます。食用にしている生物だけでも数多くの種類があり、調べるべき成分も、金属元素に限ってもたくさんあります。しかし基本的なデータを取っておけば、何かのときにはそれを「正常値」として比較の対象にすることができます。こうしたスタンダードなデータベースを作りたいというのが私の願いです。このような地味な研究はヨーロッパでは盛んですが、日本ではあまり関心を持たれることがないと感じています。

 一般の市民の方が報道で元素名に触れるのは、何か事件があった時が多いのではないでしょうか。しかし元素名と「毒性」「安全性」を単純に結びつけてしまっては、正しい理解から遠ざかってしまいます。含まれる元素が同じでも、毒性の強い一酸化炭素と、安全な二酸化炭素があるように、化合物によって性質は全く違います。同じ元素であっても、他と結合しやすい不安定な状態でだけ毒性を持ち、安定した状態では安全なことが多いのです。報道される内容をしっかりと理解した上で生活に役立てるのは良いことですが、そうでないと不確かな情報に振り回されてしまう危険があります。

 生物や地学に比べ、物理や化学は一見とっつきにくそうですが、積み重ねで必ず理解できるようになります。また、手強いだけに征服したときの喜びも大きいはずです。もし興味を持たれたら、分かりやすさだけを求めず、ぜひ基本から学び直されることをお勧めしたいと思います。

 これから研究したいことはいろいろありますが、象牙のトレーサビリティはその一つです。動物の保護を目指して締結されたワシントン条約は、特定の資源について貿易を制限しています。象牙から地域、国を特定することは難しいのですが、ぜひ新たな手法を開発したいという希望を持っています。

(取材=2009年11月12日/石巻専修大学・1号館福島研究室にて)

研究者プロフィール

石巻専修大学理工学部基礎理学科教授 
分析化学
福島 美智子 先生

(ふくしま・みちこ)宮城県生まれ。東北大学理学部卒業。東北大学大学院理学研究科修了。理学博士。神奈川県で高校教諭(理科)を務めた後、石巻専修大学にて助手、講師、助教授を経て、2002年より現職。専攻は分析化学。

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