研究者インタビュー

カウンセリングとは“人を受け入れ心に添う”こと

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弘前学院大学 客員教授/「仙台いのちの電話」理事長
専攻=教育心理学
出村 和子 先生

自分の切実な経験からカウンセリングの道へ

 “いのち”については生物学的な立場や哲学的な立場から考えることもできますが、私は、自殺防止活動の立場からお話ししたいと思います。“いのち”は自分ひとりのものだけでなく、人と人の関わりの中で「生かされてこその命」であると考えています。

 日本では今、多くの方が自らの命を絶っており、その数は、1998年以降昨年まで12年連続で3万人を超えました。私が理事長を務めている「仙台いのちの電話」は、自殺予防を第一の目的として、電話相談活動をしているボランティア団体です。

 私自身、19歳のときに母を亡くし、その直後「死にたい」と思うほどの悩みにぶつかった経験があります。無我夢中で山に入ったのですが、教会礼拝での教えの言葉から、ふと我に返り、思いとどまることができたのでした。大学卒業後、英語の教師になったのですが、そこで自殺念慮の女子生徒に出会ったのです。自分の体験から彼女の氣持ちだけはよく分かると自負していたのに、「先生は自分のことが心配だから関わっているだけ」と言われ、強いショックを受けました。「たしかに私は教師と言う自分の立場だけを心配していたかもしれない」と悩みました。そうした苦しい氣持ちで彼女と接しているうちに、不思議なことに彼女の心がほぐれ始めたのです。

 私は「今のままではいけない、もう一度心の勉強をし直そう」と思いました。カウンセリングを学ぶために米国に渡ったのは、30歳の時です。帰国して東北学院大学で教鞭をとり、1977年辞職し、再度渡米するまでカウンセラーとして務めました。

 2度目の渡米から帰国した1970年代後半から1980年代に入った頃、日本で大きな問題になっていたのが家庭内暴力です。20歳の男性が金属バットで両親を殺害するなど、悲惨な事件が相次ぎました。ところが当時シンガポールで開催の世界YWCAの会議でドメスティックバイオレンス(DV=家庭内暴力)について話し合った時、子どもが親に暴力を振るう日本の事例は、大変驚かれました。シンガポールでも米国でも、DVと言えば「親から子どもへの虐待」のことだったからです。「日本の子どもは親の言うことをよく聞くと言われていたのに、なぜ?」と問われた私は、初めて「もしかしたら日本では、親が子どもの心を受け入れることに何か問題があるのでは」と親のカウンセリングマインドについて考えるようになりました。

 カウンセリングの必要性を考えていた頃、「全国にある電話相談センターが、東北にだけない」と、仙台カウンセリング研究会の方が相談に見えました。仙台に「いのちの電話」ができれば、悩み苦しんでいる若者や大人がどこからでも相談できるというのです。請われるままに、当時の「東京いのちの電話」の視察と連盟に相談に参り、日本で15番目の「いのちの電話」の開設を認めて頂いたのでした。

市民の支えで続いてきた「いのちの電話」

 「仙台いのちの電話」は1982年に設立され、2年後には社会福祉法人として認められました。現在は200名を超えるボランティアが相談員を務め、365日、24時間相談に応じています。昨年受けた電話は2万6,568件で、1日あたり70件以上になります。自殺志向のある電話は9.5%程度ですが、厳しい経済状況を反映してか、この割合は一昨年よりも増加しました。

 自殺予防を第一に掲げてはいますが、それだけが目的ではありません。若い方の就労の問題、中高年の方のリストラの問題など、それぞれの切実な悩みに耳を傾け「共に悩む」のがカウンセリングの真のあり方です。助言したり救ってあげたりするのではなく、悩みや痛みを分かち合うのです。

 2006年からは、大切な方を自死で亡くされた方にお集まりいただく「自死遺族の会」を開催しています。また昨年12月からは、インターネット相談を始め、おもに若い方に利用していただいているようです。スーパーバイザーをつけ、数人でよく検討してからメールを送信するなど、慎重に対応しています。

 相談員の方々は皆ボランティアですが、2年間の研修を受け、認定された人たちです。「何よりも自分の勉強になっている」「心の糧を得ることができる」と言っていただいており、本当にありがたいことです。また、私たちの活動が28年も続いてきたのは、多くの市民の皆さんによる、物心両面のサポートがあったからこそです。収入の多くはご寄付によるものですし、さまざまな方のお志のおかげで、相談電話を受けるスペースや事務局を維持してきました。

 今まで「いのちの電話」は、自殺しようとしている人に接する「ミクロの機能」を果たしてきました。しかしこれからは、より生きやすい社会に変えていくための「マクロの機能」を果たすことも重要だと考えています。苦しんでいる方々の代弁者となって、広く社会に訴え、また政府に働きかける役割(アドボカシー)を担う必要があるのです。

 経済的に困窮し、通話料の負担から「いのちの電話」に電話をかけることさえためらう人も少なくないはずです。厚生労働省との共催という形で、24時間のフリーダイヤルを毎月10日にだけ実現していますが、もっと拡充していただければと思います。また登米市で実現したように、市外通話の分だけでも自治体が負担して、仙台に電話を転送するという方法もあります。

お母さんに学んでほしいカウンセリング

 昨年、私の所属する「電話相談学会」の大会が仙台で開かれました。電話相談は「いのちの電話」に限りません。現在は、公的であるか民間であるかを問わず、多様な電話相談が行われています。心理学者などが集まって、どのような言葉を使うべきか、どのような話し方をすべきかなどの研究をしています。

 学会では相談員の研修にも取り組んでいますが、そこで重視しているのは「自分を知るためのトレーニング」です。例えば同性愛が話題になったときに、相談員が否定的な考えを持っていれば、それは相手に伝わってしまいます。あるいは役割を演じてみるロールプレイで、「自殺したい」という電話をかける側になってみることで、当事者の氣持ちをより理解できるということもあります。自己理解と他者理解を、ともに深めることが大切なのです。

 「いのちの電話」の活動は、一人の少女の自殺をきっかけにイギリスで始まりました。欧米に比べて、日本では自殺防止への取り組みが、まだまだ不足していると言わなければなりません。キリスト教では自殺は罪とされますが、日本では「死んで責任を取る」と考えたり、生死を自己決定の問題と考えたりする傾向があるようです。また、自立心を養う機会のないまま厳しい現実に直面し、深刻な鬱(うつ)状態に陥って「楽になりたい」「目の前の苦しみから逃れたい」と考えてしまう人も少なくないのかもしれません。

 今年は9月30日から3日間、仙台で電話相談活動の国際大会が開かれます。韓国、台湾、オーストラリアなどから参加者を迎え、「世界経済危機といのちの希望」というテーマで、さまざまなシンポジウムやワークショップを行う予定です。国境を越えてお互いに学び合い、また連携しようと準備を進めています。

 昔に比べれば、今の日本は物質的に本当に豊かになりました。しかし今の子どもたちは、昔の子どもたちよりも幸せでしょうか。かつて子どもたちは、家族の中、親子関係の中で、他者と触れ合う喜びや他者への敬意を体得することができました。しかし今は、そうした関係が希薄になっているように思えてなりません。

 私はお母さん方に、「今どきの子どもはこうだから」と決めつけたり「こうなってほしい」という願望を押し付けたりせず、一人ひとりの個性を見極め、育てていただきたいと願っています。そしてそのために、ぜひカウンセリングを学んでいただきたいのです。子どもの問題は、実は親の問題でもあります。親が自分を知り、自分から変わらない限り、子どもが変わることはありません。こうしたことを、カウンセリングを学ぶ中で知り、人生の良き先輩として子どもたちに接していただければと望んでいます。

(取材=2010年2月9日/「仙台いのちの電話」事務所にて)

研究者プロフィール

弘前学院大学 客員教授/「仙台いのちの電話」理事長
専攻=教育心理学
出村 和子 先生

(でむら・かずこ)1932年秋田県生まれ。東北学院大学文経学部英文学科卒業。米国T.C.コロンビア大学大学院教育学部および、ハワイ大学大学院教育学部に留学、修士修了(教育学修士)。東北学院大学教養学部助教授、尚絅女学院短期大学人間関係科教授、弘前学院大学社会福祉学部教授、同大学院社会福祉研究科教授を経て、2006年より現職。日本電話相談学会監事。社会福祉法人「仙台いのちの電話」の創設者の一人で、2003年より理事長。元仙台市教育委員長。

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