研究者インタビュー

いのちの誕生を支える宮城の周産期医療の現在

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産科医を失った地域で悩む妊婦さんたち

 全国的に産科医の不足が大きな問題になっていることは、皆さんよくご存じのことと思います。都市部以外では産科医のいない「空白区」が増えており、妊婦さんたちは健診を受けたり出産したりするために、遠くの病院まで行かなければなりません。母親にとっても赤ちゃんにとっても大きな負担です。私は今この問題の調査・研究と、解決のための仕組みづくりに取り組んでいます。

 「周産期医療」とは、出産前後の、母体と胎児・新生児の健康を守るための医療のことです。今、周産期医療の現場は、危機的な状況にあります。妊婦健診を受けずに、陣痛や身体の異常を覚えて初めて医療機関に駆け込む“飛び込み出産” や“低出生体重児の増加”などです。その理由としては経済的なものだけでなく、地域に産科医がいないという問題も大きいのです。

 2003年の研修医制度の変更がきっかけで、宮城県各地、東北各地の産科医が大学に引き上げてしまう動きが加速しました。地元の病院で出産できなくなってしまった妊婦さんが多くでてしまいました。一時期岩手県では8施設の県立病院で産科の窓口が閉鎖され、約2,000人の妊婦が路頭に迷うという状況も生じました。理想は産科医の数を増やし、どの地域にも安心して出産できる医療施設がある状態にすることです。しかし妊婦さんに、そうなるのを待ってもらうわけにはいきません。

 国は今「少ない産科医で、いかに安全に出産できるようにするか」という調査・研究を進めています。実は宮城県は、この課題への取り組みでは先進地です。調査・研究に基づいて「セミオープン制度」という仕組みづくりを進め、成果を挙げています。これは、出産に対応できる医療施設を地域ごとに集約し、妊娠中の健診と分娩(ぶんべん)する施設の分業・連携体制を整備しようというものです。

 分娩に24時間体制で対応できる医療施設には、複数の産科医がいなければなりませんし、異常の発生に備えて母体胎児集中治療室(MFICU)や新生児集中治療室(NICU)も必要です。こうした拠点となる病院は仙台赤十字病院の「総合周産期母子医療センター」をはじめ、宮城県立こども病院と東北大学病院があります。他に分娩を取り扱う公的病院として、市内に3ヵ所設定しています。

 それでもなお、産科医の数は絶対的に不足しています。また特に異常がなければ、遠くの病院ではなく、自宅近くで出産したいと望んでいる妊婦さんも少なくありません。そこで今、私が期待しているのが「助産師」の存在です。

助産師の活躍で周産期医療をより良い方向へ

 助産師と聞いても、具体的なイメージが浮かばない方も多いかもしれません。昔はどの地域にも「産婆(さんば)さん」がいて、出産のお世話をしたものです。戦後は助産婦と呼ばれるようになり、2002年からは助産師という名称になりました。看護師資格を取得しており、健診をしたり、助産行為を行ったりすることが可能です。今でも女性しかなれません。

 私は自分自身が長く臨床を経験し、現在は大学で看護学・助産学の教育に携わっています。その経験から、環境さえ整えれば、助産師は地域の妊婦さんや子育て中のお母さんたちのためにもっと力になれると考えているのです。

 その形はさまざまで、自ら助産院を開業している助産師もいます。病院よりも助産院での出産を望む妊婦さんは、実は少なくありません。しかし助産院の数はわずかです。産科医の嘱託と小児科があって施設の整っている病院を連携先として確保しなければならないなど、開業には厳しい条件があるからです。やむを得ない面もありますが、助産師と密なコミュニケーションを取りながら、自然な分娩、自分らしい出産をしたいと希望する女性は、これからも増えるのではないでしょうか。

 産科のある施設で、このような妊婦の希望やより安全を担保する形で、白石市の刈田総合病院では、2005年から「院内助産所」が試みられました。健診から分娩・産後ケアを助産師が自立して行うというものです。利用した妊婦さんには好評で、全国からたくさんの見学者も訪れたのですが、経営面や人事面などでの課題も浮き彫りになり、残念ながら現在は休止しています。

 一方、いま県内で増えつつあるのが、病院内の「助産師外来」です。産科医とワークシェアして、正常域の妊婦健診は助産師が担おうというものです。医師の負担は軽減され、妊婦さんも手厚いケアが受けられますから、現状では、この助産師外来を増やしていくべきだと考えています。

 地域の病院に助産師外来が設置されるようになれば、産科の外来よりも受診のハードルが低くなり、周産期だけでなく、その後の子育て相談にも活用していただけるでしょう。また、更年期障害について助言したり、思春期の相談にのったりすることで、女性の一生をサポートする心強い存在になれるはずです。思えばかつての産婆さんは、まさにそういう存在でした。

 3年前から取り組んでいる助産師の卒後教育では、超音波診断装置の操作・判読や、胎児心拍装置の読み方などの技術を身につけてもらいながら、助産師外来の開設を呼びかけています。妊婦さんたちの切実な状況を知り、助産師たちは積極的に動き始めました。産科医に自分から健診を受け持つことを申し出て、実現した病院もあります。県北地域には、すでに産科医不在医療施設でも助産師が外来を開設し、健診を行うようになりました。

助産師としての臨床経験を研究に活かす

 地域で安心して出産し、子育てにつなげる仕組みづくりを進めるなかで、メンタルヘルスについての研究にも力を入れています。私は臨床の現場が大好きでしたが、育児疲れや児童虐待などの問題を抱える女性たちに出会ううちに、妊婦さんには精神面でのサポートが重要だと考えるようになりました。大学に学び、臨床発達心理士の資格を取るなどした成果を仕事に活かしてきましたが、後進の育成、教育を担うようになった今、精神面でのサポートの重要性をいっそう強く感じています。今年10月16・17日に仙台で日本周産期メンタルヘルス研究会の学術集会を主催します。看護職や産科医・精神科医が集まり、研究成果を発表します。多くの方々に周産期女性のメンタルヘルスの重要性の理解を促す好機だと思っています。

 妊婦さんの中には、病院のシステムになじめない方もいますし、不幸にして担当の医師と良い関係を築けなかった方もいます。そうした女性たちが、帝王切開を選んだことを悔いたり、自分を責めたりする例も見てきました。そうした方々のためにも助産師たちの活躍の場を広げたいと願う一方で、自ら個別の相談に応じることもあります。

 10代の妊娠や40代の妊娠、合併疾患のある妊婦さん、低体重出産や異常な妊娠・お産で生まれてくる赤ちゃん。こうしたケースが増え、周産期医療の現場は今、非常に多忙な状況にあります。しかし産科医と助産師、そしてNICUの小児科医が良い形で力を合わせることができれば、そうした状況は少しずつ改善され、出生数の減少という問題の解決にも光が見えてくるはずです。そして子どもの数が増えることは、やがて地域の活性化にもつながるでしょう。

 今これをお読みの市民の皆さんにも、助産師という職能に、より関心を持っていただければと思います。また、小・中学生、高校生に対する性教育にも取り組んでいますので、そうした機会を作り、助産師を講師として呼んでいただければ幸いです。かつては「寝た子を起こすな」という理由で性教育に消極的な教育機関も少なくありませんでしたが、今はとてもそんなことを言っていられる状況ではありません。そしてもちろん、子どもたちだけでなく市民の皆さんにも、女性の抱えている様々な問題や、周産期医療をめぐる問題に目を向け、一緒に考えていただきたいと願っています。

 (取材=2010年2月16日/東北大学医学部保健学科棟・佐藤教授室にて)

研究者プロフィール

東北大学大学院 医学系研究科教授  
周産期看護学
佐藤 喜根子 先生

(さとう・きねこ)1952年2月宮城県生まれ。東北大学医学部附属看護学校卒業。東京大学医学部附属助産婦学校卒業。慶応大学文学部卒業。東北大学教育学研究科修了。東京大学医学部附属病院で助産師、東北大学医学部附属病院で助産師、後に副看護婦長を務め、東北大学医療技術短期大学部で講師から助教授。2003年より東北大学医学部保健学科教授。

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