研究者インタビュー

市民の美意識が向上すれば、都市はもっと楽しくなる

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現地で見なければ分からない民俗芸能がある

 近代社会が成立して、私たちの生活は格段に便利になりました。機能性と効率性が追求された結果、日本中だけでなく世界中で規格の統一が進み、どこへ行っても同じデザインの店舗で、同じデザインの商品が手に入る時代になったのです。

 しかし、地域性が完全に失われてしまったわけではありません。むしろ今は、その地域にしかないもの、古くから伝わるものの価値を再発見して大切にしようという考えが広まりつつあります。それは形があるものだけとは限りません。味、音楽、言葉、あるいは歴史や伝承など、さまざまな地域文化を保存して、観光などに活かすようになったのです。

 たとえば地域に伝わる民俗芸能を集めて、大きなホールで演じてもらったとします。もちろん大ホールでも成り立つものもあるでしょう。しかし森にある神社の境内など、現地で見なければ分からないもの、現地で演じられなければ本質が伝わらないものもあります。神事としての芸能には宗教的な空間の構成が必要ですから、最新の音響・照明設備のあるステージよりも、その地域で演じられた方が価値が高いことがあり得るわけです。

 こう考えると、芸能そのものにとどまらず、演じられる「文化的環境」も大切だということが分かります。しかし当の地域住民にとってそうした環境は、当たり前すぎたり、古くて時代遅れに感じられたりしていることも少なくありません。私の専門である「文化環境デザイン」とは、こうした地域特有の個性を見出し、デザインしようとする学問分野です。

 デザインという言葉が表す領域はたいへん広く、こうした説明だけでは分かりにくいかもしれません。デザインも美術も、視覚的な価値を創り出します。ですから新しい図案を考えたり模様で飾ったりする「表現としてのデザイン」は、比較的イメージしやすいでしょう。服、車、室内、大きくは建築物などの「実用性を踏まえたデザイン」も考えやすいかもしれません。

 しかしデザインという言葉は、本来「計画・立案・設計」という意味です。この広い意味で考えれば、「ライフデザイン」であるとか「キャリアデザイン」といった、視覚以外の分野のデザインがあることがお分かりいただけるはずです。従って環境デザインとは、視覚的なものを含めて、私たちを取り巻く環境をトータルに設計し、実現を図ることだと言えます。

 デザインという言葉を使っていなくても、私たちの祖先は、長い時間をかけて自分たちの暮らす里の姿を作ってきました。本来の地形を活かし、耕す場所と耕さない場所、木を切る場所と切らない場所を決めるなどして、世代を超えて現代に「環境」を伝えてきたのです。

家庭内で受け継がれて来た装飾文化を再評価

 デザインで、私自身が注目している対象が大きく二つあります。一つは今例に挙げた民俗芸能と地域の関係、もう一つが家庭の中で受け継がれて来た生活文化です。

 山形県鶴岡市(旧櫛引町黒川地区)に伝わる黒川能は、500年以上も地域独自に伝承されてきました。年4回、春日神社の例祭に神事として奉納されますが、もっとも重要な祭典は、2月の初めに夜を徹して行われる「王祗祭」(おうぎさい)です。「当屋」と呼ばれる、地域で一番の高齢者の家の壁を壊して能舞台を造って演じます。同じく山形県の酒田市には、農家の人々が演じる黒森歌舞伎が、200年以上も前から伝わっています。真冬に、本格的な回り舞台と共に屋外の雪の上に筵(むしろ)をひいて観客席とするため、「雪中芝居」と称されています。

 このように、何が演じられるかだけでなく、誰が演じるかや、どこで演じるかが重要な意味を持つ場合、「地域のコンテキスト(文脈)に則っている」と言います。一つの文が、長い文章の中のある位置に置かれることで独特の微妙な意味を表現するように、民俗芸能もまた、その地域にしかあり得ない空間的文脈の中で独自な個性を表現しているのです。

 一方おもに女性によって、それぞれの家庭で伝承されてきた文化・デザインも、これに通ずるものがあります。カーテンの刺繍などの手芸による装飾文化は、かつては世代を超えて脈々と伝承されてきました。ところが近代的な工業製品が次々と家庭に入ってきたことで、しだいに忘れられ、今やほとんど失われようとしています。

 モダンデザインは、装飾を排したシンプルさが特徴です。誕生期から発展期にかけてのプロのデザイナーはほとんどが男性で、飾りが施される場合も、幾何学的なパターンなどが選ばれてきました。こうした、女性原理的な装飾文化と男性原理的なモダンデザインの対立の図式を最初に指摘したのは、英国の女性研究者ペニー・スパークです。彼女は20世紀のデザイン史を調べるうちにこの問題に氣付き、家庭で伝えられて来た装飾文化の再発見と、女性の視点によるデザイン評価とを提唱して、大きな共感を呼びました。著書の中で建築家の夫が妻に「窓にはカーテンではなくブラインド」といった話も出てきます(笑)。

 単に「古いものを大切にしよう」と訴えるだけでは、地域の民俗芸能にしても、家庭内の装飾文化にしても、真価を伝えることも後世に残すこともできません。現代に合った形で、地域の外、時には国の外に向けてアピールする必要があります。そして「文化環境デザイン」の研究は、こうした活動に寄与することができるのです。

「かわいいビル」や「かわいい都市」もあって良い

 都市の主役はビルや道路ではなく、そこに住み、働き、遊ぶ人間でなくてはなりません。私たちには、自分の街をデザインする権利と責任があるのです。私が所属する「公共の色彩を考える会」では、例えば公共交通の車体の色に助言を行ったり、都市景観の優れた事例を顕彰したりしてきました。しかし市民の皆さんは、「街の色」にどれだけ関心をお持ちでしょうか。街に新しく作るものの色について住民アンケートを取ると、決まって灰色系の色が上位に来ます。目立たないため、たしかにどんな街や色にも合いやすいのですが、積極的に街の個性のことも考えていただきたいと思うのです。

 色を選ぶというと色相(色の種類)だけを考えがちですが、彩度(鮮やかさ)と明度(明るさ)も重要な要素です。色が何種類かあっても、彩度を抑えて揃えることで全体的な統一感をつくるという方法もあるでしょう。一方、例えば「杜の都イコール緑」だけではなく、ベースカラーの中に5%から15%ほどのアクセントカラーを組み合わせることで、個性をよりアピールすることもできます。都市にかかわらず、地域のブランド化のためにはこうした幅広い発想が必要で、これもやはり「文化環境デザイン」に他なりません。

※伊藤真希「環境色感の知育と可能性」 ※平成21年度卒業論文より

 私は、都市のデザインを行政や企業だけに任せるべきではないと思います。その街に住む市民の美意識が向上することで、都市はもっと快適で楽しくなるはずです。出窓に飾る花を、室内からだけでなく、通りからも眺めてみましょう。私は女性の感覚に、特に期待しています。女性が高く評価する「かわいいビル」や「かわいい都市」があっても良いと思います。平安文学に代表される通り、日本の女性は昔から文化的に高い感性を育んで来たのですから。

 私自身は美術系大学の出身で、デザイン学科でインテリアを学びました。経済学者だった父の影響か社会科学も好きで、トータルに考え、デザインすることが性に合っているのかもしれません。大学院ではランドスケープデザインと都市計画の先生について環境デザインを学び、その後、コンセプトづくりやプレゼンテーションといった企画全般の仕事をしてきました。

 今は学生の指導に力を入れていて、幅広い学生を対象とする授業では、色鉛筆を使ったワークショップが、デッサンは苦手という学生にも好評です。また自分の研究室の学生には、常に「事業化」を意識してアイディアを出し、作品づくりを進めるよう指導しています。学ぶ意欲を持った社会人が増えているそうですが、ご自分の今までのキャリアを活かしてあらためて学び直したいという方がいらっしゃれば、ぜひ宮城大学大学院の事業構想学研究科でお会いしたいと思っています。

(取材=2010年11月2日/宮城大学大和キャンパス本部棟4階・伊藤研究室にて)

研究者プロフィール

宮城大学 事業構想学部/大学院事業構想学研究科 准教授
専攻=文化環境デザイン/色彩論
伊藤 真市 先生

(いとう・しんいち)1961年東京都生まれ。東京造形大学造形学部卒業。筑波大学大学院芸術学研究科 博士課程単位取得満期退学。学術修士(芸術学)。株式会社フジタ勤務、杉野女子大学講師、宮城大学助教授を経て、2008年より現職。

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