研究者インタビュー

「給食」は医療・福祉・教育と深く関わっています

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給食が多くの人を「国民病」から救った

 給食は本来「食事を供給する」という意味です。一般的には、家庭ではなく学校などの施設で、たくさんの人に食事を作って出す場合に用います。ただし現代の給食は、単にお腹を満たすだけのものではありません。栄養学や医学の最新の研究成果が取り入れられていますし、医療、福祉、教育といった、私たちにとって身近で切実な問題とも密接に関わっています。

 香川綾(1899-1977)は、日本の栄養学を確立した先駆者の一人です。彼女は優れた医学者であると同時に、計量カップと計量スプーンを考案し、素材や調味料の量と調理の手順を示す「レシピ」を作り出した人で、今の女子栄養大学を創設した教育者でもありました。「学問(科学的基礎)は大切、しかし実生活のなかで実践してこそ意味を持つのが栄養学である。皆が実践して、健康な生き方をして欲しい」というのが、香川綾が生涯をかけて主張したことです。

 彼女が医学者として歩み始めた大正末期から昭和初期、脚氣(かっけ)は結核と並ぶ日本人の「国民病」でした。手足のしびれやむくみから始まって心臓衰弱などに進み、亡くなる人も少なくなかったのです。研究を重ねた彼女は、精米し過ぎた白米ではなく、ビタミンB1を含む胚芽米を給食に出すことで、病院の入院患者たちの症状を改善することに成功しました。

 食事の成分や量をコントロールする「食事療法」が、脚氣に限らず、痛風、肝臓病、糖尿病など多くの病氣の治療に有効であることは、今では常識です。また、食事に氣をつけることでケガの治りも早まります。給食は、医療の分野で大きな役割を果たしているのです。

 「冷めていた」「夕食の時間が早かった」など、入院時の病院の給食に良くないイメージを持っている人もいるかもしれません。しかし今、一定基準以上の医療機関では、給食は適温で提供され、夕食の時間は原則として午後6時です。これは健康保険法に、「入院時食事療養」が、保険点数としてきちんと定められていることによります。献立や衛生の管理に責任を持つ栄養士は、こうした高度な給食を支えている専門職です。また、より複雑な業務を担当する管理栄養士という資格もあって、医療機関や介護福祉施設で給食を出す際は、この管理栄養士が栄養管理・栄養指導をするのでなければ、医療保険などの点数が認められない部分が多いのです。現在、栄養士の資格は養成施設で得られ、管理栄養士の資格は、受験資格を満たした上で、国家試験に合格することで得られる仕組みになっています。

 栄養士や管理栄養士の実際の業務は、給食の献立管理や衛生管理にとどまりません。人事管理やスケジュール管理も手がけなければなりませんし、病院の外来患者に対する食事指導なども、その重要な仕事です。食事指導では直接患者さんと接するだけに、コミュニケーション能力も必要になります。

高齢者や子どもたちにもっとおいしい給食を

 私の父は、99歳で亡なりましたが90歳ころ病院にお世話になったことがあります。その際、歯がほとんどないので咀嚼(そしゃく)できないと判断され、食材をドロドロに調理したものが給食に出されました。栄養学上は問題ないのですが、父は「食べたくない」と言います。私は「普通の食事に戻してください」とお願いしました。食事は見た目も重要です。ご飯をやわらかくし、おかずは細かく切って出したところ、父は食べてくれました。

 食欲は、生きる力であり元氣さでもあります。見た目がおいしそうであれば食欲は増進し、さらには消化液の分泌が促されることで消化も良くなるのです。最近、高齢者福祉施設では、いちど粉砕した食材を、もとの食材や料理に似せて固め直すことも行われています。

 医療の現場と同様、給食は福祉の現場でも大切です。それは食事が、体の健康のためだけでなく、心の健康にとっても大きな意味を持つからに他なりません。介護保険の成立後、栄養士・管理栄養士の活躍の場は、高齢者福祉施設にも広がりました。

 今、高齢者福祉施設で出される給食は変わりつつあります。福祉の現場で働く栄養士たちの間で、「食べる楽しみ」を味わってもらおうという試みが盛んに行われているからです。メニューに変化をつけ、時にはコース料理をお出ししたり、クロスを新しくしてテーブルコーディネートを考えたりしています。こうした取り組みに私自身も学び、また時には学生に直接伝えてもらう機会を作ってきました。

 施設に入居している高齢者に、給食をおいしく食べていただくことで、病氣を予防したり治していただいたりするよう献立を工夫することは、栄養士という仕事の大きな喜びです。介護との連携について言えば、たとえばずっと同じ姿勢でいることでできる床ずれに対しては、予防の手だてが重要なのはもちろんですが、適切な食事によって回復を早めることもできます。

 一方、学校給食もおいしくなりましたし、季節感を取り入れるなどバリエーションも豊富になりました。年中行事に合わせたメニューや、外国の珍しいメニューが味わえる機会も少なくありません。近年は、できるだけ地域で取れた食材を給食で提供する「地産地消」や、食事により関心を持つよう促す「食育」も取り入れられています。食べ物がどんな場所でどのように作られているかを見学したり、農作業を体験したりする試みも盛んです。

 個人的には、学校給食はセンター方式よりも自校方式であるべきだと思います。大きな食中毒が起こる可能性が低いという実際的な理由だけでなく、子どもたちが調理の様子を目にし、廊下ににおいが漂ってくることで、給食を通して食に関心を持ってくれるようになるはずです。 

左:尚絅学院大学 調理実習室 右:学生が作成した献立メニューや野菜の情報のPOP

栄養士を養成し続けた45年間

 1966年、私は尚絅女学院短期大学(当時)に、寄宿舎の栄養士として赴任しました。県外からの入学者が多く、寄宿舎はいつも定員一杯です。大学を出たばかりだった私は、中学生から短大生まで150人、後には180人もいた生徒・学生たちの給食のメニューを、毎日考え続けました。自分の工夫した献立を、調理師さんたちが手際よく調理してくださって、それを生
徒たちが喜んで食べてくれるのです。大変でしたが、大きな充実感を感じながら仕事に取り組んでいました。

 同時に授業も受け持ちましたから、今年3月まで45年にわたって栄養士の養成に携わったことになります。この間、給食の技術は大きな進歩を遂げ、調理機器も発達しました。今では天ぷら以外の揚げ物は、熱した油で揚げることなく、コンビオーブンという調理機器で調理しています。技術だけでなく、温度管理の徹底など、給食の経営管理はこれからも変化を続けていくことでしょう。

 一方で私たちの食生活も大きく変化し、食事をはじめとする日常生活に起因する生活習慣病が広がりました。栄養士を目指しているだけあって、私が教えてきた学生たちは、自炊の子を含めて食事はしっかりとっています。しかし今は、食べ過ぎや栄養の偏りによって、体調を崩したり病氣になったりする若い人たちも少なくありません。食べ物が不足して苦しんだ時代を知っている私から見ると、まさに隔世の感があります。

 自炊する若者にとって、環境は以前より良くなっています。昔は野菜はまるごと1個でしか買えませんでしたが、今では近所のスーパーやコンビニで、少人数用にカット野菜が売られていますし、一人用に小分けした料理も売られています。電子レンジがあれば、ブロッコリー、カボチャ、ジャガイモなどの野菜も“チン”して、すぐ食べることができ、調理にも手間がかかりません。若者に限りませんが、ちゃんとした食べ方をしていれば病氣の予防にもつながります。主食、主菜、副菜のバランスに氣をつけ、できればお米は、玄米か胚芽米を食べるようにしましょう。「1日3回緑黄色野菜を食べる」ことを心がけるだけでも、食事のバランスは大いに改善されます。量の目安としては、毎日「生で両手いっぱい」の野菜を食べてください。

 この春をもって、定年で大学の研究室を離れます。しかし若い世代に経験を伝え、機会があればこうして市民の皆さんに栄養や給食についての話をすることを、これからも続けていきたいと思っています。

(取材=2011年2月23日/尚絅学院大学1号館2階・調理実習室実習食堂にて)

研究者プロフィール

(前)尚絅学院大学 総合人間科学部
  健康栄養学科 教授(家政学)
佐藤 玲子 先生

(さとう・れいこ)1944年宮城県生まれ。宮城学院女子大学卒業。尚絅女学院短期大学講師、助教授、教授、尚絅学院大学助教授を経て教授。定年により2011年3月に退職し、現在は同大学の非常勤講師を務めている。

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