研究者インタビュー

“平和な日本”の中にあって平和を考え続ける

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「戦争をしていなければ平和だ」とは言えない

 私が研究している「平和学」は、市民の方々にとって決してなじみのある学問とは言えないでしょう。新しい学問分野であることは確かですが、19世紀にはヨーロッパで研究が始まっていますから、100年以上の歴史があることになります。

 盛んになったのは、1910年代に起こった第一次世界大戦の後です。平和の実現を目的として、主にヨーロッパの大学で多くの講座が開かれるようになりました。しかしその後、懸念されていた第二次世界大戦が起こってしまいます。日本が降伏して1945年に終結した後も、いわゆる「冷戦」の時代が続き、核兵器の応酬で人類が滅びかねない「第三次世界大戦」の危機感を、世界中が共有していました。平和学はこの時期、米国をはじめとする世界の国々に広がり、多くの研究者が議論に参加するようになります。

 今では世界中の大学に平和学の講座が設けられていますが、日本はこの動きに遅れてしまいました。「日本平和学会」の設立は1973年です。現在でも、日本で「平和」の名がついた講座を開講している大学は、決して多くはありません。それでも、800ほどある大学のうち200から300の大学が、平和に関係する授業を行っているとされています。

 一方、学会の活動は活発です。私のように平和学を専門としている研究者だけでなく、国際政治を研究している法学者、政治学者、さらには経済学者など多彩な専門家が集まって、盛んな議論が行われています。また核戦争への危機意識から、理系でも原子物理学者や医学系の研究者らが参加していますし、戦争と文学の関係を追求している表現系の研究者らの参加もあります。平和の実現という大きな目的のために、お互いに自分の専門分野の用語の多用を控えながら対話と議論を重ねている、まさに「学際的」な学会だと言えるでしょう。

 かつて平和は、「国家間に戦争のない状態」だと考えられていました。しかし近年は「構造的な暴力」が、中心的な問題として取り上げられるようになっています。たとえ他国と交戦状態になくても、国民の多くが飢えや貧困に苦しんでいるような国を「平和だ」と言えるでしょうか。そうした深刻な問題を抱えた発展途上国が、戦争に向かってしまう例は、過去に少なくありませんでした。研究者の間では、平和は「構造的な暴力」を解決することでこそ実現できる、という考え方が大勢を占めるようになっています。

 これは、日本と隣国である朝鮮民主主義人民共和国との関係を考えれば、容易に理解していただけることでしょう。「軍備を増強し、米国との同盟関係を強化することで日本の平和を実現しよう」と考える人もいますが、自国・他国を問わず「構造的な暴力」に目を向けることなしに、真の平和を実現することはできないのです。

キリスト教倫理から考える平和のための行動

 私はキリスト教倫理への関心から、平和研究の道に進みました。私の名前は、旧約聖書の「ヨブ記」に由来しています。札幌で米文学を講じていた父による命名で、子どもの頃からキリスト教の文化に親しんできました。

 キリスト教には、平和を追求するイメージがあります。しかし実際には、キリスト教徒が多くを占める国も軍備を持ちますし、戦争もします。実際、先の第二次世界大戦の際も、キリスト教徒は「武器を取って戦うべきか」という選択を迫られることになりました。はたしてキリスト教の倫理では、戦争と平和についてどう考えているのかという問題意識が、私の出発点になったのです。

 欧米の歴史を見れば中世までは、王がキリスト教徒であり、キリスト教が国教とされているという意味で「キリスト教国」と呼びうる国家が存在しました。しかし他の宗教を国教とする国との間で戦争を繰り返したばかりでなく、しばしばキリスト教の内部でも、宗派間の対立が武器を用いた紛争に発展してきました。

 米国を含めて、現代ではキリスト教徒が多く住む国はあっても、キリストの教えに基づいて運営されている国はありません。しかし宗教的な対立は、相変わらず深刻な紛争を引き起こしています。私は神学を学びながら、戦争と平和の問題をどう理解し、どう生きるべきなのかということを考え続けていました。

 20代の後半、米国に留学した際に、私はこの問題に正面から向き合い、紛争の解決に積極的に取り組んでいる人々に出会うことができました。平和を強く願うキリスト教徒の市民たちが、実際に紛争が起きている地域や起こりそうな地域に入り、時には身を挺して軍事行動に反対する活動を行っていたのです。私は驚き、感動しました。

 その団体の人々は、たとえば2003年に発生したイラク戦争の際、米国からイラクに入ってイスラム教徒との対話を行いました。時には自国によって攻撃される可能性が高い地域に入って、対話の継続を訴えることさえします。こうした「非暴力直接介入」と呼ばれる行動によって、紛争状態にある双方の国の国民に、和解と平和を訴えるのです。

 一般にキリスト教徒は、国よりもずっと身近で小さい単位である、教会を母体として生活を送っています。時の政府の方針とは違った考え方で行動する「非暴力直接介入」は、国という単位を超えて、教会同士、キリスト教徒同士がつながり合うことによって可能になっていたのです。

一人ひとりの「平和観」の違いが出発点

 「非暴力直接介入」は、個人の思いつきによる無謀な行動ではありません。危険な場所へと向かう人々は、自らの身を守るためのトレーニングを積んでいます。また、ふだんは通常の市民生活を送りながら、年に何度かのトレーニングに参加している人もいます。また、こうした人々を資金面で支える仕組みも整っていました。

 こうした活動に取り組んでいる人々は、米国のキリスト教徒の中でも確かに少数派です。しかし広く認知はされていて、共感も得られています。もちろん不幸にも、紛争状態にある現地で死傷する人もゼロではありませんが、こうした活動は、英米をはじめヨーロッパへも広がっています。

 今の日本では平和について具体的プランを考える時間を持つこと自体が難しいのかもしれません。しかし平和について考えることを、研究者や政治家だけに任せてしまってはならないということは、大切なポイントとなるはずです。

 私が大学で行っている「国際平和論」では、学生たちに平和のイメージを問うことから授業が始まります。平和のイメージは一人ひとりみんな違います。しかし、これこそが出発点でなければなりません。違いを認め、互いの「平和観」を検証した上で、私たちがどこを目指すべきかを話し合います。戦争や「構造的な暴力」をなくすにはどうすれば良いかを考えることは、「平和な日本」に暮らしているはずの私たちにとっての、「真の平和」や「より豊かな生き方」について考えることにつながっていくはずです。

 明治維新で生まれた近代日本は、成立後、ほとんど常に他国と緊張関係にあり続け、また戦争を繰り返してきました。第二次世界大戦の終結まで70年以上にも及んだその歴史は、戦後66年が過ぎた今も忘れてはなりません。

 また1945年以降も、日本は生まれ変わって平和国家として歩んできた、と私たちは考えがちです。しかし日本の侵略を受けたアジアの国々の人々は、決してそうは考えていません。広島・長崎に原爆が投下された悲劇も、米国では「戦争をあれ以上長引かせないためには必要だった」と考えている人の割合の方が多いのです。私たちは他国のそうした人々とも、認識の違いを認め合った上で、共に平和について考えなければならないのです。

 終戦記念日である8月15日やその前後は、あらためて平和について考える良い機会です。今の日本が戦争状態にないことを喜ぶだけでなく、日本が通ってきた道を思い、私たちのこれからの生き方を考えてみていただきたいと思っています。

(取材=2011年5月31日/仙台白百合女子大学1号館1階・応接室にて)

研究者プロフィール

仙台白百合女子大学 人間学部 教授
矢口 洋生 先生

(やぐち・よぶ)1960年東京都生まれ。北星学園大学文学部英文科卒業。米国ゴーシェン大学大学院に留学。平和研究修士。英オックスフォード大学客員研究員、仙台白百合女子大学人間学部助教授などを経て、2007年より現職。

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