研究者インタビュー

日常を意識して見ることが「美術」の第一歩

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なぜ木で実物大の「キヨスク」を作るのか

 私は大学で美術を教えていますが、自分も作家として、おもに木を材料とした表現に取り組んでいます。今年1月に仙台市内で行った個展では、自転車、郵便ポスト、フェンスやロードコーンを組み合わせた道路工事現場などを、木材でリアルに再現した作品を発表しました。採寸に基づくほぼ実物大のサイズです。

 他にもコインロッカーや自動販売機、ガスメーターなど、さまざまなものを木で作ってきました。電話ボックスをまるごと、電話機の細部に至るまで再現したこともあります。15年前に駅のキヨスクを、新聞やガムなど商品まで全て作ったときは、丸2年間かかりました。この作品は今は愛媛県今治市の美術館「ところミュージアム大三島」に常設展示されています。最近は個展にむけ、よくある雑草の葉の1枚1枚を、実物がそうであるようにその特徴を削り出し、茎と組み合わせ制作中です。

 なぜありふれた物や日常的な風景を、ここまで手間をかけて木で再現するのか。もし私の作品をご覧になった方が、驚き、そうした疑問をお持ちになったとすれば、そのことで私の制作意図の一部は実現したと言うことができます。

 もちろん、私は見る人を驚かせたり不思議がらせたりするためだけに作品を作っているわけではありません。ご覧になった方の多くは、自転車のスポークってこんなに複雑に組んであったのか、とか、工事現場のロードコーンってこんなに大きかったかな、などと、自然にご自分の記憶や感覚を呼び覚まそうとします。すると作品を通じて、それまで見逃していた物たちと見る人との間、作者である私と見る人との間、そして見る人と自分自身との間に、それまでになかったような活発な対話が始まるのです。私は、こうした人と物、人と人との新鮮なコミュニケーションも、また美術だと考えています。

 そして私の作品の素材は、ほとんどが古材です。捨てられていた梱包用の木材をいただいたり、道端にすてられていた何かの破片を拾って来て集めたりしています。売り物にならない材木、風化した木材、古ぼけて塗装がはげているもの。そうした物たちに、私はしばしば強く惹き付けられます。それらにすぐれて個性的な美を見出し、自分の作品に使いたいと思うのです。

 試しに河原で、ご自分の氣に入った石を探してみてください。形、大きさ、色、持ったときの重さや手触りなど、ひとつとして同じものはありません。その中から選んだ石を部屋に持ち帰り、時々眺めたり触ったりして楽しむことができれば、それはその人にとって“かけがえのない逸品”になるのです。

日常を見過ごさない力が人生を豊かに

 美術を、「誰もが美しいと感心するものを創作したり、それを鑑賞したりすること」だと考えている方もいらっしゃるでしょう。もちろんそれも美術です。しかし驚いたり、不思議に思ったり、日用品や捨てられている物に美しさを見出して、大切にしたりすることもまた美術なのです。

 美術についてのこうした考え方は、今これをお読みの方が学校で習ったものとは違うと言うかもしれません。図画工作や美術の授業を、絵を実物そっくりに描いたり、彫刻刀が上手に使えるようになるための技法を学んだりすることだと思っている方も少なくないでしょう。しかしそうしたことも、自分自身が何を美しいと思い、何に興味を感じ、どんなものを創作したいと考えるかということとひとつながりになっています。そして美術では、これらの全てが大切にされなければならないのです。

 ですから作るだけでなく、見たり選んだりすることも美術の第一歩といえるのではないでしょうか。毎日使う日用品を美しいと感じることや、通りすがりの工事現場に置かれた物たちの配置を面白いと感じることは、美術館を訪ねて、評価の定まった名作に見入ることと根はひとつです。美術や芸術と聞いて、どうかご自分で敷居を高くなさらないでください。自分自身の“見る目”にこそ、美術の価値があり喜びがあるのです。

 ですから、ぜひ意識的に日常の中に美を見つけていただき、あわせてご自身の美意識にも出会っていただきたいと思います。そうすることで、日常生活は非常に豊かなものになるはずです。美を見出す力とは、感じる力であり想像する力であり、創造する力でもあります。美術も工芸もデザインも、人間が作り上げている点で変わりはないのですから。

 こう考えれば「難しい」とか「わからない」と敬遠されがちな抽象絵画や現代美術も、「面白い」とか「氣に入った」という目で楽しむことができるはずです。単に「見慣れているか見慣れてないか」で、親しみを感じたり抵抗を感じたりしていることもあります。最初は抵抗を感じたものに対して、見慣れることで美しさが感じられるようになることもあるのです。

 もちろん美術や芸術について学ぶことには、大きな意味があります。たとえば色の組み合わせについての知識があれば、それだけ色の見方が深くなるでしょう。しかし一方で、知識がものの見方を制限してしまうこともあります。ですから、まずは自信を持って「自分が良いと思ったものが良いもの」と思っていただければよいのです。その上で、美術展などを通じ、時を超えて残り、伝えられて来た本物を見て楽しみながら、“見る目”を養っていただければと思います。

市民の方に素材や技法をお教えしています

 私は千葉県の田舎で生まれ育ちました。いつも身近な存在だった木が、小さい頃から大好きでした。木こりをしている親戚がいましたし、兄は大工です。大学で専攻したのは漆工芸で、卒業後は家具をデザインする仕事をしていました。そして現代美術に出会い、今のような作品を作るようになったのです。

 今挑んでいるのは、展示会場に意図的に異質な空間を作り出し、見る人に違和感を抱かせることで“空間を支配する”表現です。ふだん見慣れた風景や、ちょっと前まで溢れるほどあったものを様々な木の素材で表現することで、あえて見る人の戸惑いを誘い、忘れがちな感覚や感情を呼び覚まそうとしているのです。もちろん私自身も、作るために対象となるものを改めて見直し作ることで、そのものがいっそう愛おしくまた理解することにもなります。

 東北生活文化大学では、市民の方に大学のアトリエや工房を使って創作を体験していただく「社会人のためのワークショップ」を行っています。これは文部科学省の委託事業として、2007年度から3年間行われた「アートな職人育成プログラム」の後を受ける形で始まったものです。今年は9月から11月にかけて、生活美術学科の5人の教員が指導にあたっています。

社会人のためのワークショップで行われる予定の「カッティングボードに木象嵌」

 私が担当する「カッティングボードに木象嵌(もくぞうがん)」は、テーブルで果物やチーズをカットするための小さなまな板を、別の色・木目の木片を埋め込む技法で装飾するものです。ノミなどを使いますが、まったく初めてという方も3時間もあれば仕上げることができます。どの木片を選び、どこに埋め込むかというデザインを考え、ご自分の手で加工して完成させる楽しみを、ぜひ味わっていただきたいと思っています。

 また10月から11月にかけて4日間行われる「みやぎ県民大学」の開放講座では、「美の断面」と題して、生活美術学科の教員が素材や技法について語ります。私も木材についてお話をさせていただく予定です。

 私たちの大学では、教員が市民の皆さんにお呼びいただいて出かけて行く「出前授業」という活動も行っています。私は今年度、「木のクラフトデザイン」「木の魅力について」という2つのテーマをお受けしています。

 なお、今ご紹介したいずれも、材料費が必要な場合を除いて受講料等は無料です。私たちにとっても、学ぶ意欲をお持ちの市民の皆さんと触れ合い、お教えしながら自分たちも学ばせていただく機会は貴重だと考えています。どうぞ大学に、お氣軽にお問い合わせください。

(取材=2011年8月24日/東北生活文化大学・造形工房 林研究室にて)

研究者プロフィール

東北生活文化大学 家政学部 生活美術学科 教授
専攻=造形表現(木工・デザイン基礎・立体)
林 範親  先生

 (はやし・のりちか)1948年千葉県生まれ。東京芸術大学卒業。東京芸術大学修士課程修了。芸術学修士。日本楽器製造株式会社勤務を経て、1978年より三島学園女子大学(現・東北生活文化大学)に勤務。1994年より現職。1999年、生活美術学科学科長に就任。

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