研究者インタビュー

民間が伝えてきた生薬の伝統を未来に

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アスピリンはヤナギの成分をヒントに生まれた

 生薬とは、植物をはじめとする天然由来の薬用素材に、乾燥などの加工を施して薬にしたものです。素材としては動物や鉱物も用いられますが、割合としては植物が多く、山野に野生しているありふれたものも少なくありません。

 私の大学時代の恩師である竹本常松先生は、「植物は全て薬になる」とおっしゃっていました。私たちが薬として見出して用いることができれば、自然界のさまざまなものが生薬になりうるのです。また生薬の中には、単独では特別な働きをしないのに他の生薬と共存することで、その生薬の効果を高める働きを持つものもあります。こうした生薬の効用の科学的根拠を探り、医薬学や医療の発展に寄与しようとする学問が生薬学です。

 生薬と聞くと、漢方薬をイメージなさる方が多いかもしれません。しかし実は、生薬は西洋にもありますし、生薬の研究が、純粋な化合物である西洋薬の開発に結びつくこともあります。ヨーロッパでは、古くからヤナギの一種に解熱・鎮痛作用が知られていました。やがて19世紀にその樹皮から有効成分であるサリシンが単離され、次に誘導体であるサリチル酸が合成されて医療に使われます。そしてさらには副作用がより少ない解熱・鎮痛薬、アセチルサリチル酸の開発へとつながりました。この化合物はアスピリンと呼ばれ、皆さんご存じの通り、現在も広く使われる医薬品になっています。

 日本では、明治時代になってドイツを中心とした西洋医学が入ってくるまでは、薬といえば生薬のことでした。古くから使われ続けている、日本の代表的な民間薬であるゲンノショウコ、センブリ、ドクダミなどは、生薬の中では「和薬」と呼ばれています。これに対して甘草(カンゾウ)、大黄(ダイオウ)、麻黄(マオウ)など中国から入ってきたものを「漢薬」、もともと欧米などで使われていたゲンチアナ、ウワウルシ、ベラドンナコンなどを「西洋生薬」と呼んで区別します。東洋に限らず、私たち人間はこうした生薬を、長い歴史と伝統の中で効果を確認しながら、巧みに用いてきたのです。

 漢方薬は、基本的には何種類かの生薬を配合したものです。この配合内容は大部分が中国の古典の記述に基づいています。日本では特に1980年代以降、生薬や漢方薬の薬理学的・生物学的分析が進んだことで多くの科学的根拠が集積され、同時に医療現場でも多くの漢方薬が使われるようになりました。西洋薬は開発にあたって、動物実験などで効果や副作用を確認します。これに対して漢方薬は、言うなれば“人体実験”を何千年にもわたって繰り返してきた結果を記述した古典を伝統として受け継ぎ、発展させてきたものと言えるでしょう。

左:東北薬科大学所蔵の中でも貴重な標本 右:虫に寄生する虫草「エゾハルゼミタケ」

漢方薬と漢方医学の特徴は

 私たちの多くは、ふだんは西洋医学の体系で診断を受け、治療を受けています。そして一般に西洋医学では、病氣の原因を突き止め、病原菌や細胞や組織などの「悪い部分」だけを、薬で攻撃し、また手術で除去するという治療をしてきました。

 これに対して漢方医学では、体全体のバランスを見て、あるいは心と体を一つのものとして見て治療します。その人の症状や体質を見極めて「証(しょう)」と呼ばれる診断基準を大切にし、これに基づいて最も適切と思われる漢方薬を適用してきました。西洋薬に比べて漢方薬が、穏やかにゆっくりと効くとか、副作用が少ないというイメージがあるのはこのためです。

 実は「漢方」は、現在「中医学」と呼ばれている中国の伝統医学とは別のものです。もともとは中国から伝来した医学ですが、時間をかけて日本に合うように発展させてきたものです。そして今の日本では、西洋医学と漢方医学、西洋薬と漢方薬を対立するものとして考えるのではなくそれぞれの長所を取り入れ、患者さんの病状に合わせて使い分けようという考え方が一般的です。

 現在漢方薬はメーカーが製造したエキス剤として使用されることが最も多くなっています。病院で医師が処方すると保険も適用されますし、薬剤師などから薬局で入手することも可能です。たとえば一部の風邪の症状に効果があるとされる葛根湯(かっこんとう)は、処方箋が必要な医療用と処方箋がなくても薬局などで購入できる一般用の二種類があって、その主な違いはエキスの濃度です。いろいろな漢方薬が処方箋なしに店頭で購入できるようになったことで、漢方薬は一般市民にとってもずいぶんなじみ深いものになりました。また一方では、漢方薬は基本的には煎じて服用する方がエキス剤よりも高い効果が得られると一般的に考えられています。

 日本には医師の免許を持つ人が30万人近くいます。しかし、このうち日本東洋医学会による認定を受けた「漢方専門医」は2,200人余に過ぎません。資格を取得するには漢方による治症例の報告や3年間の研修、さらには筆記試験などのハードルがあります。裏をかえせば、漢方薬の知識が充分でないために「この病氣・病名にはこの漢方薬」と、西洋薬と同じ感覚で使用する医師や漢方には全く興味をもたない医師がたくさんいるということになります。

 人工的に作り出すことができる化合物である西洋薬に比べると、天然品である生薬はさまざまな条件によって成分が変わりやすく、非常にデリケートです。いかにして品質の良い生薬を入手できるかが、治療効果を高めるポイントになります。また、漢方薬の中には、今日の医療の大きな課題になっている様々な難病に対して効果が確認されたり期待されたりしているものもあります。理由はよくわからなくても劇的に効く場合があるので驚きです。現代の医療では、治療の有効性や「なぜ効いたのか、効くのか」についてひとつひとつ明確な科学的根拠を求める傾向が強まっていますが、私はその行き過ぎのために、漢方薬が効果的に用いられる機会が失われてはならない、理屈はともかく患者の病いと身体が治ればそれでいい、と考えています。

様々に用いられてきた生薬

 世界的に見れば、発展途上国を中心に、生薬は今も広く活用されています。私はサモア、フィジー、モンゴルなどに出かけて、現地の薬用植物や、生薬の用いられ方を調べてきました。

 フィジーとサモアでは島中の薬局を全て回ってみましたが、売られているのは西洋薬ばかりで生薬は全く見つからず、ひどくがっかりしたのを覚えています。米国などで学んだ薬剤師が西洋薬を扱っているのです。しかし西洋薬は高価なこともあって、これを購入せずに自前の薬草を用いている人々が大勢いました。庭や道端、山に生えている植物を、必要時に採ってきて使うのです。加持祈祷のたぐいや薬草療法を行う伝統医もいました。モンゴルでは、僧侶が症状別にそれぞれ異なるお経を唱えて病氣を治そうとするとともに、生薬を組み合わせた処方を与えていました。科学的根拠が証明されていないからというだけの理由で、こうした伝統医療や民族薬物を否定することはできません。大切なのは患者が元氣になるかどうかであって、むしろ私たちがまだ知らない優れた生薬、伝統医療が、世界各地に存在するかもしれないのです。

 私は植物が好きで、有機化学に関心があったことから、生薬研究の道に進みました。生薬は日本の貴重な伝統文化の一つですし、薬用植物は人類共通の文化財です。現代に生きる私たちにも、これを未来に伝えていく義務があると思います。そして、それを主に担うのは、大学の研究者よりも、むしろこれまでがそうであったように一般民間の方々なのではないでしょうか。

 生薬は民間薬として用いられてきたものが日本にも数多くありますし、漢方薬や西洋薬として用いられる以外にも、家伝薬や薬用酒に配合されるほか、有効成分を抽出するための原料になることもあります。このように多様な用いられ方をしている生薬について、多くの市民の皆さんにも知り、学ぶ機会を持っていただければと思います。

 本学には附属薬用植物園があります。通常は公開していませんが、あらかじめ大学に連絡していただければ見学が可能ですし、市民向けの見学会も開催しています。詳しくは、どうぞ大学までお問い合せください。
 

(取材=2011年11月16日/東北薬科大学・教育研究棟6階 生薬学教授室にて)

研究者プロフィール

東北薬科大学 薬学部 教授
専攻=生薬学
吉崎 文彦 先生

(よしざき・ふみひこ)1947年青森県生まれ。東北大学医学部薬学科卒業。東北大学大学院薬学研究科博士課程修了。薬学博士。東北大学助手、北里研究所東洋医研 研究員、東北薬科大学助教授を経て、1995年より現職。

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