研究者インタビュー

コウモリとイルカに学んで海中を探る

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コウモリは飛んでいる虫を「こだま」で追う

 コウモリには900以上の種類があって、今も新種が発見され続けています。洞窟の中にいるから見つかりにくい? 実は巣はいろいろで、たとえば日本で一般的に見られるアブラコウモリ、通称イエコウモリは、多くが家の屋根裏に住んでいます。

 コウモリは暗くなってから活動することもあって鳥と見分けがつきにくく、身近な動物としては認識されていないかもしれません。この泉キャンパスの近くで言うと、七北田公園によく飛んでいます。主に虫を食べるので、虫が多い、川の近くのような水の豊富なところにいるのです。

 コウモリを見かけず、また見つけにくいもう一つの理由は、鳴き声を聞くことがまずないからです。実はコウモリはしょっちゅう鳴いています。飛んでいる間は、ほとんど鳴き続けていると言ってもよいほどです。鳥の鳴き声と違って聞こえないのは、音の周波数が高過ぎて、私たち人間の耳では捉えられないからに過ぎません。音は空氣の振動で伝わりますが、人間の耳が感知できる振動数は1秒間に20から2万回くらいまでです。これを周波数といい、ヘルツ(Hz)という単位で表します。人間には聞こえない、2万Hzを超える音を、皆さんもご存知の「超音波」と呼んでいます。

 コウモリが飛ぶのは虫を食べるためです。蚊のように小さな虫は口を開けて飛びながら食べることもありますが、基本的には飛んでいる虫に急接近し、翼で一撃を加えて氣絶させ、それを翼の指や後ろ足でつかむなどして、飛びながら食べます。ではあの暗がりの中で、コウモリたちはどうやって飛んでいる虫を捕まえているのでしょうか。目がとても良いわけではなく、むしろほとんど、または全く見えていません。林の中や鍾乳石だらけの洞窟の中を飛び回りながら、飛んでいる虫を捕まえて食べることができるのは、超音波を活用しているからです。

 コウモリは超音波を発しながら飛び、障害物を避けたり、虫
の位置を知ったりする、ということは、多くの方がご存知かもしれません。しかしその詳しいメカニズムが分かってきたのは最近です。コウモリは自分の鳴き声の反響、つまり「こだま」を聴いて、どこにどんな大きさや形のものがあるか、それがどの方向にどれだけの速さで動いているかを察知しています。

 「定位」と呼ばれるこうした作業を、私たちは目で、視覚で、光でしています。しかしコウモリは耳で、聴覚で、音でして、脳の中に組み立てているのです。これをエコーロケーション、日本語では反響定位と言います。先ほどコウモリは飛んでいる間ほぼ鳴き続けていると言いましたが、それは私たちが道を歩いている間、目を開け続けているのと同じことなのです。
 

コウモリのエコーロケーションを再現する装置と周波数を変換するマイク

コウモリの脳の中を人工的に再現したい

 コウモリの鳴き声の分析には、マイクで拾った超音波を、人間が聴くことができるよう低い周波数に変換する装置を使います。これをビデオカメラに接続して、飛んでいるコウモリを探すのです。一番見つかりやすいのは冬眠に入る前で、秋の終わりの午後5時頃です。しかし河原で暗がりにビデオカメラを向けていると、通りがかりの人に怪しまれます(笑)。「対岸のマンションの部屋の中を写しているんじゃないか」と疑われないよう、今は一人で行くのは避けて、学生たちと行くようにしています。

 アブラコウモリの一声の長さはたいへん短く、1000分の2秒ほどです。この短い一声の中で、音の高さを急に変化させます。アブラコウモリの場合だと、7万Hzから4万Hzまで下げるのです。音の高さを変化させると、返ってきた反響を分析する際、より多くの情報が得られるからだと考えられます。実際にコウモリの声を聴いていると、最初は探索モード、次に接近モードと音のパターンが変わり、最後には追いついて捕捉したことが分かります。

 フクロウも音で獲物を追いますが、これは獲物の立てる音や鳴き声に反応しています。しかしコウモリは自分で音を発してその反響を聴き取り、「今何かが大きくなったのは、虫が羽を広げたから」「大きくなったり小さくなったりを素早く繰り返しながら移動しているのは、虫が羽ばたきながら飛んでいるから」といったように、脳の中で音情報を分析し、処理しながら飛んでいるのです。ですから人間の脳は視覚のための、コウモリの脳は聴覚のための領域が大きくなっています。

 コウモリがしているこのエコーロケーションを、人工的に再現しようとしているのが私の研究です。スピーカーから音を出し、反響をマイクで拾うことで、どこにどんな大きさや形のものがあるかを判定します。どんな音を発すれば良いのか。反響を捉えるのに、コウモリの外耳の形はどう有効なのか。反響を分析して位置、大きさ、形を特定するためにはどのようなプログラムが必要なのか。複数の対象を一度に捉えるにはどうすれば良いのか。こうしたことを解明しようと、動物学的にコウモリの生態や能力を調べ、脳科学的に情報処理の仕組みを分析し、工学的再現と応用に挑んでいます。

 私は大学入学時、電氣全般に関心があったのですが、学ぶうちに電氣と情報の組合せに可能性を感じるようになりました。中でも動物の高度な能力を、脳の情報処理という面から分析する研究に興味を覚え、指導教官の勧めもあってコウモリを対象に選びました。日本だけでなく、米国などで行われてきたコウモリに関する知見を学びながら研究を進めて今日に至っています。

ソナーの高度化で海中の生態系を把握

 光による画像解析や、電波によるレーダーに比べると、空氣中での音の応用的研究、実用化はこれからです。しかし光や電波が届きにくい水中や土中では、空氣中よりも速く、遠くまで届く音が有利です。特に水中については、魚群探知などに用いられるソナーの性能向上に、研究が大きく貢献しています。

 私自身は水産総合研究センターの研究者からお誘いをいただいて、6年ほど前から本格的に海中でのエコーロケーション研究に携わるようになったため、今はイルカにも学んでいます。イルカはコウモリに比べると、発する音は10万Hz以上とさらに高く、一声の長さは約1万分の1秒とさらに短いのですが、魚の位置と大きさを把握し、急速に近づいて捕食する仕組みは基本的には変わりません。コウモリは4~5 m先までを探知できますが、海中では空氣中よりも音が速く遠くまで伝わることもあって、イルカの探知能力は数百mもの範囲に及びます。

 かつてのソナーは、反響音を聴いて方向や距離を判定する仕組みでした。今ではモニターに表現できるようになり、漁船に搭載されたソナーが、魚群の位置を正確に教えてくれます。

 そして私たちが今進めている研究では、これまで一定だった周波数を変化させながら発することで、格段に詳しい探知を実現しようとしています。これからは魚群を形成する1尾ずつの個体を判別し、個々の魚の動きまでが把握できるようになるはずです。また体内の浮き袋からの反響の違いを分析することで、その形状や大きさによる魚種の特定も期待できます。魚の種類と数を高精度で調べられるソナーが実用化されれば、漁獲量の向上や、種類を選んで獲る漁にも役立つでしょう。今までは漁師たちが長い経験から身につけてきた技能の一部を、ソナーが担うようになるかもしれません。

 しかし私が期待しているのは、資源調査能力の向上によって、海中の生態系がより正確に把握できるようになることです。海上から魚種が特定でき、数が確定できるようになれば、これまでのように魚を獲ってみることなしに、海の中のようすを詳しく知ることができます。環境問題の一つである生態系の問題を考えるための前提となる、正確な情報が得られるようになるのです。私はこのような生態系の問題にも関心を持っており、その中にはもちろんコウモリやイルカのように高い能力を持った動物たちも含まれています。また、このような動物たちの不思議な能力や生態などは研究者だけではなく、市民の皆様も興味をもっている方がおられると思います。研究で得られた結果から「生きものに学ぶ」ことの意義や面白さを市民の皆様にもお伝えできる環境ができればと考えています。加えて、音を発して反響を解析しながら飛ぶコウモリロボットの実現という、自分の夢を追い続けたいと思っています。
 

(取材=2012年2月28日/東北学院大学 泉キャンパス3号館3階・松尾研究室にて)

研究者プロフィール

東北学院大学 教養学部 准教授
専攻=生物音響学
松尾 行雄  先生

(まつお・いくお)1971年山口県生まれ。東北大学工学部電気工学科卒業。東北大学大学院工学研究科修士課程修了。博士(工学)。東北大学助手、研究員を経て、2005年より現職。

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