研究者インタビュー

方言を調べると日本語の歴史が見えてくる

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お年寄りも方言を使わなくなっている

 東日本大震災の後、地名を入れた「がんばっぺ○○」というスローガンが目立ちました。非常事態の中、「がんばっぺ」という方言が、被災者が一体感を持つためにも、支援者が応援の氣持ちを表すためにも適切だと感じられたからではないでしょうか。心を支え、絆を結ぶという方言の現代的な役割が、再確認された事例だと言えると思います。

 しかし大きく見れば、方言は消滅の危機にあります。今でもお年寄りは方言をよく使うし、よく知っているというイメージがあるかもしれません。しかし仙台で最近行われた調査では、およそ50年前の1960年代とは全く違った結果が出ました。当時と今の70歳代の人を比べると、仙台方言はかつての半分ほどしか使われなくなっています。雷を指す言葉で、いずれも雷様から転じた「ライサマ」「オレサマ」などがその典型です。今、方言は急速に滅びようとしているのです。

 明治維新を経て近代的な統一国家が建設されたとき、東京の言葉をベースに作られた共通語の推進・普及が始まりました。各地の方言は否定され、方言撲滅運動さえ展開されます。共通語を標準語と言うことがありますが、「標準」という言葉そのものに、共通語には価値がある、逆に言えば方言には価値がないという意味が、すでに含まれているのです。

 方言に否定的な社会状況はその後も続きますが、1970年代、高度経済成長が終わったあたりで流れが変わります。人々が足元を見つめ、自分や自分の暮らしている地域のアイデンティティ、個性を求めるようになったのです。方言が「使うと落ち着く」「あたたかみがある」などと評価されるようになり、それまでは笑いの対象にしていたテレビでも、方言が肯定的に扱われ始めます。方言は大切な地域文化として保護され、小中学校の国語の教科書にも取り上げられるようになりました。しかしそれでも、メディアの発達をはじめとするさまざまな理由から、方言の衰退は続いています。

 そして今方言は、「アクセサリー化」というもう一つの危機に直面しています。皆さんの中には、「今の若者はけっこう仲間どうしで方言を使っている」という方もいらっしゃるでしょう。実は今、若者を中心に、方言が一体感を演出するための道具として使われることが増えています。若者が親しい相手に送る電子メールに方言を交えたり、テレビで方言を話すタレントが人氣だったりするのは、本来は生活に根ざした実用的な言葉である方言が、心理的な効果を狙って使うものになりつつあるからです。自然に話されていた方言が、意図的に使うものへと変質してしまうことは、やはり方言の危機なのです。
 


左:支援者のための気仙沼方言入門パンフレット 右:消えゆく日本語方言の記録調査ポストカード

方言は歴史的な日本語の宝庫

 「違和感がある」ことを示す「いずい」を、東北を代表する方言の一つだと思っている方も少なくないでしょう。しかし同様の言葉は、九州にもあるのです。これに限らず、本州から九州にかけての列島の北と南の端に、非常に良く似た方言が存在する例は数多くあります。

 各地の方言を調べ、それを記号に置き換えて地図に記していく「方言地図」からは、実に興味深いことが分かります。たとえば「梅雨」のことを「ナガアメ」のように呼ぶのはほぼ東北地方と琉球列島だけで、他の地域にはありません。実は近畿地方を中心として、ほぼ同心円状に同じ言葉、似た言葉が分布している言葉が数多くあることが分かっています。『遠野物語』の著者としても知られる民俗学者の柳田國男は、カタツムリの呼び方を典型的な例として挙げました。これを「方言周圏論」と言います。

 かつて都のあった京都で生まれた新しい言葉は、人の口から口へと伝わって日本中に広がりました。従って近畿で使われている言葉がもっとも新しく、東北や九州の端には、もっとも古い言葉が残っているという説明が成り立ちます。実は方言は、歴史的な日本語の宝庫でもあるのです。

 「日本語の歴史」と聞いて多くの人が最初に思い浮かべるのは、学校で習った古文でしょう。『源氏物語』も『枕草子』も素晴らしい文化遺産ですが、書かれた当時でさえ、日本人が皆これらの文章のような言葉を話していたわけではありません。むしろ京都の貴族階級というごく一部の人々が読み書きしていた言葉と考えるべきで、話し言葉は別であり、社会階層や地域が変われば、使われる言葉も相当に違っていたはずです。

 そうした言葉を文献から明らかにすることは困難です。しかし実は、方言研究から各時代に各地で実際に話されていた、日本語の姿に迫ることができるのです。たとえば馬を「駒」と呼ぶ例は、文献上では平安時代の和歌をはじめとする上品な表現に限られます。しかし方言研究と、古文の教科書には載らないようなマイナーな文献を徹底的に調べて突き合せることによって、庶民の間では「こま」と言えば雄馬だけを指し、雌馬は別の呼び方をしていたということが分かるのです。

 先ほどの「方言周圏論」も、現代の研究ではさらに深まっています。たとえば九州では古い言葉がそのままの意味と形で残りやすいのに対して、東北では使い道が大きく広がったり、思いがけない意味や形に転じたりする例がしばしば見られます。こうした言葉に対する態度の差が、地域の風土や個性と密接に関係していることは言うまでもありません。

方言を大切にすることで多様な価値を守る

 日本語は時代とともに変わって行きますし、それを押しとどめることはできません。テレビのアナウンサーが話す共通語や、私たちが「伝統的な美しい日本語」だと思っている言葉も、歴史の中で変化を重ねてきたものなのです。

 従って私は、「近年は日本語が乱れている」「若者の誤った言葉遣いが許せない」という意見には、簡単には同調できません。「ら」抜き言葉は広く定着しつつありますし、アルバイト店員のマニュアル言葉として問題にされる「コーヒーの方お持ちしました」という言い方にも、尊敬の対象を口にする際、意図的にあいまいな表現をする日本語の特質が表れていると言うことができます。

 しかし日本語が変化することと、方言が失われてしまうことは別の問題です。共通語が正しい日本語で、方言は崩れた言葉だと考える人は、今も少なくありません。関西の方言と違って、東北の方言に劣等感を持つ人も多いでしょう。また方言は、あまりに身近で日常的であるために、人々の関心が低かったり、学問研究の対象と考えられにくかったりということもあって、今日の危機を招いたと言うこともできます。

 そう言う私も、実は東北大学に入るまで方言が学問研究の対象になるとは思ってもいませんでした。地理学とどちらにしようか迷ったあげくに言語学を学ぼうと入った大学で、地理学と言語学とが重なり合う方言学に出会ったのです。言葉の分布を視覚的に表現できる「方言地図」の素晴らしさと面白さには、特に魅せられました。

 昨年の夏、私たちの研究室では、気仙沼地方に入られるボランティアや医療・行政関係者のために、『支援者のための気仙沼方言入門』というパンフレットを作りました。「ネコ」が「一輪車」を、「サブキ」が「咳」を、「ワガンネ」が「駄目だ」を意味することや、シがスと発音されるため、地名の鹿折(ししおり)が「ススオリ」に聞こえるということなどを紹介し、被災者とのコミュニケーションに役立てていただいています。

 方言が失われ、国じゅうが一つの言葉になってしまうと、言葉を使ってなされる「思考」もまた、均一化されてしまうに違いありません。地域それぞれに歴史があり、個性があり、多様な発想があることが価値だとするならば、その意味でも、方言はもっと大切にされるべきではないでしょうか。私たち研究者もまた、方言の良さ、価値を分かっていただくために活動しなければならないと考えています。

 今自分たちが使っている言葉をあらためて意識することは、方言学に限らず、古典を含む国語学、言語学、あるいは歴史学などへとつながっています。皆さんもぜひ、方言と向き合うことから学びを広げ、深めてみてください。

(取材=2012年5月25日/東北大学 文学研究科法学研究科合同研究棟3階・国語学専攻研究室にて)

研究者プロフィール

東北大学大学院文学研究科/東北大学方言研究センター教授
専攻=日本語学、方言研究
小林 隆  先生

(こばやし・たかし)1957年新潟県生まれ。東北大学文学部卒業。東北大学大学院文学研究科博士課程退学。国立国語研究所研究員、東北大学助教授を経て、2004年より現職。博士(文学)。著書に『方言が明かす日本語の歴史』『シリーズ方言学1~4』(いずれも岩波書店)など。

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