研究者インタビュー

各地域の古文書の解読を重ねて、次の災害に備える

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左:会場内の様子 右:会場前ホワイエでのパネル展示

市民参加で進めてきた貴重な歴史資料の保存活動

 東北大学は1996年、「東北アジア研究センター」を設立しました。ロシア、モンゴル、中国、朝鮮、そして日本を含む地域の国や人が、互いにどう関係してきたのかを研究する機関です。私もその一員となり、センター長も務めました。

 私の専門は、「鎖国」をしていた江戸時代です。限られた国としか貿易も交流もしなかったので、外国に脅えて閉じこもっていたかのように思われています。しかしロシア側の史料に基づいて、江戸時代の日露関係を研究してみると、事実は全く違っていたことが分かります。ロシア学の先生にお願いして共同で2000年からロシア史料の調査をしたところ、日本は欧米列強に対抗して領土拡張までしていたことが分かったのです。

 実は江戸幕府は、単に国を閉ざそうとしていたわけではありません。「鎖国」というのは、日本主導の貿易コントロールの体制のことなのです。世界中の植民地化を進めていたヨーロッパの列強を従わせていたのですから、たいへんな力をもっていたと考えたほうがよいのです。江戸時代の日本は、ロシアをはじめとする欧米から、政治が安定した強大な「帝国」であるとみなされていたことも明らかにしましたが、こうした「鎖国」の実態を考えれば、「帝国」認識は当たり前だったといえます。

 こうした研究成果を、一般向けにまとめた『開国への道』という本を4年前に出しました。ほかにも、従来の歴史学の常識を覆すような内容がたくさん書かれた本になっています。ぜひご覧いただきたいですね。

 以上の通り、私が依って立つのは今までの定説ではなく、古文書をはじめとする史料です。しかし肝心の歴史資料が、先ほど宮城県北部地震の例でご紹介したように、近年は急速に失われつつあります。災害をきっかけに所在が明らかになる古文書もありますが、むしろ被災して失われたり処分されたりする史料の方が圧倒的に多いのです。阪神・淡路大震災以降、史料保存の動きが盛んになりました。しかしそもそもどこにどんな史料があるのか、見つけ出したとしてどのように保存することがベストなのかなど、課題は山積していたのです。

 宮城県北部地震の後、私たちは「宮城歴史資料保全ネットワーク」というNPO法人を組織しました。災害が発生した後では間に合わないので、「発生前」に活動しようというのです。この団体では、研究者だけでなく広く市民の皆様にご参加いただくことで、大きな成果を上げています。史料の発掘から調査、写真撮影、保管等を地域の方々と共に行い、2008年の岩手宮城内陸地震の際にも大きな力を発揮しました。今では、全国で同様の活動をする研究機関や団体にノウハウを提供しています。

東北の大震災は千年ぶりではなく400年前にもあった

 しかし、東日本大震災による歴史資料へのダメージは、想定をはるかに超えるものでした。私たちが被災地に入って救出・確保した史料は、今年10月末までにおよそ5万点に上っています。

 津波で海水をかぶり、泥まみれになった古文書の再生には、芸術系大学の保存修復分野からの応援や、考古学の保存科学分野からの応援を受けました。感激しましたが、この結びつきを今回限りにしてはなりません。この経験を活かし、歴史資料の保存そのものを研究対象にしたいと考えました。その結果、災害科学国際研究所で「歴史資料保存研究分野」を立ち上げ、まったく新しい学問に取り組むことになったのです。

 私は以前から、地域の方々に喜んでいただける研究がしたいと思ってきました。地域の歴史を明らかにすることで、そこに住む方々がご自分の郷土に誇りを持ち、貴重な伝統の継承に積極的に取り組んでいただけるよう願いながら、史料の保存や地域史の研究をしてきました。東日本大震災を経て、その想いはいっそう強くなりました。加えて今では、歴史学はもっと市民の役に立たなければならない、具体的には、実際の防災に貢献しなければならないと考えています。

 たとえば今回は「千年に一度の大津波」と言われることが多いのですが、これは誤りで、今後の防災のためにはマイナスに働きかねません。たしかに、869年には「貞観(じょうがん)津波」と呼ばれる大災害が発生しました。しかし巨大地震による大津波はそれ以来ではなく、実は今から400年前の1611年に起きた、江戸時代の「慶長奥州津波」もそうだったことが明らかになってきました。今までは津波被害や地震の正確な規模は不明でしたが、最新の古文書研究に基づいて津波工学と連携し被災範囲や浸水域を推定したところ、マグニチュード8.5以上の巨大地震だったというシミュレーション結果が出たのです。これも私たちの、文理連携による研究成果の一つです。

 皆さんも自分の地域のハザードマップをご覧になると、かつての宿場町や街道のルートが洪水や津波などを避けた、比較的安全な地帯にあることが見えてくると思います。立地には先人の知恵が反映されているわけです。災害を記録した文献や石碑はもちろん、寺社の所在地やその移設の記録からも、貴重な教訓を得ることができるはずです。

 しかし防災のために何が一番大切かと聞かれたら、私は「とにかく逃げることだ」と答えたい。大きな地震が起きたら急いで海岸から離れ、高い所を目指す。警報が出たら様子を見ていないですぐさま逃げる。これが東日本大震災からわれわれが得た、最大の教訓です。南海トラフの3連動地震・津波による甚大な被害予測が出されていますが、「次」こそは、東日本大震災を含めた過去に学ばなければなりません。そのためにも、歴史学はさらに「役に立つ学問」を目指して前進しなければならないと考えています。
 

(取材=2012年11月17日/イズミティ21 小ホールにて)

研究者プロフィール

東北大学 災害科学国際研究所所長
同 歴史資料保存研究分野教授

専攻=江戸時代史・歴史資料保存学

平川 新  先生

(ひらかわ・あらた)1950年福岡県生まれ。1981年東北大学大学院文学研究科博士課程中退。博士(文学)。宮城学院女子大学助教授、東北大学東北アジア研究センター教授などを経て、2012年より現職。『全集 日本の歴史 第12巻 開国への道』(小学館)、『紛争と世論-近世民衆の政治参加』(東京大学出版会)など著書・論文多数。

  

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