研究者インタビュー

未来のエネルギーの開発は東北から

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東北大学大学院 環境科学研究科 研究科長・教授
専攻=環境科学
田路 和幸 先生

エネルギーの未来形を大学の建物で実用化

 私の本来の専門は、原子や分子レベルでの素材の開発と評価です。皆さんがお使いの携帯電話やノートパソコンには、小型で軽い「リチウムイオン二次電池」と呼ばれる蓄電池が入っていますが、その負極に使われる材料などの研究開発を行なってきました。

 リチウムイオン二次電池は現在、電氣自動車の動力源としても実用化され、走行時に二酸化炭素を排出しないことなどから、環境に優しい車として普及しつつあります。私自身も素材や蓄電池にとどまらず、現在はより広く、その事業化や総合的なエネルギー供給システムの開発に関わるようになりました。

 隣にある「エコラボ」という木造二階建ての校舎は、人にも環境にも優しい未来の建物を、具体的な形にした先進的な例です。2010年に、主に東北大学の所有地内の杉の無垢材を使って建てられました。自然な採光や空氣の循環を考えて設計され、そこに太陽光発電をはじめとする、再生可能エネルギーのシステムが組み込まれています。そのため一昨年の東日本大震災の際は、外部からの電氣の供給が止まっていた間も、この建物で停電はありませんでした。

 その成果を活かし、今もっとも先端的なエネルギーシステムの実証実験を行なっているのが、実はこの環境科学研究科の本館です。屋上には最大出力60kWの太陽光パネルがあって、全館に電氣を供給しています。この部屋の照明も、全て太陽光でまかなわれているのです。太陽光だけでは安定した電力が供給できないため、一般的な太陽光発電は「足りないときは電氣事業者から買い、余ったときは貯める」という仕組みになっています。この建物も東北電力と契約していますが、大型で高性能の蓄電池で安定化させ、非常時用の電氣は蓄電しますが、エネルギーマネジメントシステムが電氣を余らないように配電するため非常に効率的です。

 また、照明を消費電力の少ないLEDにしたり、使わない機器の電源を切ったりするだけではなく、先進的な省エネルギー技術も実用化しました。太陽光で作った直流の電氣を、そのまま直流型のLED照明などで使うことで、交流から直流に変化するときに失われるエネルギーを最小限に抑えているのです。

 電氣事業者の送電は、電圧が周期的に変化する交流で行なわれています。電化製品もかつては全てが交流型でしたが、デジタル機器は電圧が一定である直流で作動します。現在では電化製品の多くにコンピュータが組み込まれているため、交流を直流に変換する際にエネルギーの一部が失われているのです。太陽光発電で得られるのは直流ですから、この建物内に1,000本近く利用している蛍光灯を直流型のLED照明に変えることで、効率を最大限追求することができました。

 他にもこの建物では、電氣の安定供給を制御するエネルギーマネジメントシステムや、太陽光で作った電氣を電氣自動車で利用するためのスタンドなどたくさんの先端技術が稼働しています。

エコラボ外観

藻を下水処理場で育ててエネルギーを作る

 震災から復興しつつある地域社会のために、東北大学は多くの支援策を掲げ、推進しています。私が代表を務める「次世代エネルギー研究開発プロジェクト」もその一つです。新しいエネルギー管理システムを被災地で開発しようというもので、他大学や被災自治体と連携して進めている大きなプロジェクトです。昨年の7月、復興庁と文部科学省の「東北復興のためのクリーンエネルギー研究開発推進事業」への採択が決まり、年8億円の事業費を5年間受けられることになりました。

 プロジェクトには3つの研究テーマがあります。その1つ目は、東京大学が塩竈市と岩手県の久慈市と組んで進めている、波力や潮力を活用した海洋再生可能エネルギーの開発です。

 2つ目が、東北大学と筑波大学、そして仙台市が取り組んでいる、微細藻類のエネルギー利用です。藻類の中には、生命活動にともなってオイルを作り出すものがあります。これを育て、取り出したオイルを原油に代わるエネルギー源にしようという研究です。この研究には、二酸化炭素を吸収した藻から得られるオイルを使うことで、原油の輸入を減らして環境負荷を低減させるなどの狙いがあります。しかし今回は特に、仙台市で行なわれている下水処理と組み合わせるシステムの開発に期待が寄せられています。

 「南蒲生浄化センター」では、仙台市の下水処理の約7割を担っています。震災の津波で被災し、処理能力が大幅に低下したことは、皆さんの記憶にも新しいでしょう。下水に含まれる有機物は、そのまま海に排出すると環境に大きな悪影響を及ぼすため、センターでは細菌で有機物を分解したり、多大なエネルギーを使って下水から分離した汚泥を焼却処理したりしています。

 ところがこの下水中の有機物を、オイルを生み出す微細藻類の栄養源にすることができるのです。処理にかかるコストやエネルギーを減らしながら、新たなエネルギーを生産するというシステムで、関連産業の振興にもつながります。これまでも筑波大学を中心に基礎的な研究が進められてきましたが、このプロジェクトでは実験室内での研究だけでなく、屋外に施設を建設し、実際のエネルギー効率を明らかにする予定です。

エネルギーの生産から消費までを総合的に研究

 プロジェクトの3つ目の研究テーマは「都市の総合的なエネルギー管理システムの構築」です。大崎市、石巻市を主なフィールドとして、私たち環境科学研究科を含む東北大学、石巻専修大学、岩手大学、秋田県立大学という東北地方の4大学、そして東京大学が研究を進めています。

 自然が豊かな大崎市と石巻市は生物に由来するバイオマスエネルギーに恵まれており、加えて大崎市には鳴子温泉もあります。再生可能エネルギーの研究開発の適地に他なりません。またエネルギー消費については、例えば大量のガソリンを使う漁船にハイブリッド車の原理を応用することで、省エネルギーとコストダウンを実現する試みなどが考えられています。

 さらにはこれまでのような建物単位を超えて、地域全体のエネルギーを制御するシステムを導入する実証実験も行なう予定です。具体的には、渋滞を減らしたりバスの運行を効率的にするなどして人と車の移動に使われるエネルギーの消費を抑えたり、電氣自動車が普及しやすい環境を整えたりすることになります。大崎市と石巻市は、「人にも自然にも優しいまちづくり」の先進モデルになることでしょう。

 東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故を経験した私たちは、次世代エネルギーの研究開発を、これまで以上に強く推進しなければなりません。私が震災直後に石巻の避難所に出向いた時は、ガソリンの発電機はあったものの、燃料の調達は困難でした。また音がうるさいために、夜間は運転を止めていたのです。太陽光パネルや蓄電池を設置したところ、小さい出力でしたが、トイレと周辺だけの照明だったり、携帯電話の充電程度だったりしても、大変感謝されました。こうした経験も、今後の研究に活かしていきたいと思っています。

 エネルギー問題は、もっとエネルギーが必要だ、エネルギーが足りない、という観点から語られがちです。しかし以上のように、市民の皆さんには、エネルギーを作り出す仕組みの開発だけでなく、電氣を貯める仕組みや効率的に使う仕組みの開発、そして建物や地域全体でそれを進める仕組みの開発にも目を向けていただきたいと思います。また、エネルギーを節約しようというかけ声を否定はしませんが、それが度を超して、生活や業務に支障を来すようになっては本末転倒です。エネルギーの消費を抑えながら、健康を保ち、仕事が進む環境を実現するにはどうしたらよいか、と考えるべきではないしょうか。

 一つの研究開発だけで地球上のエネルギー問題が全て解決することはありえませんし、他の国との競争も協調も避けられません。世界的な視野で考えると、日本はエネルギー開発だけでなく、エネルギーの生産から消費までを効率的にコントロールする仕組み作りに、もっと力を入れるべきでしょう。具体的には、再生可能エネルギーを活用して、可能な限り「エネルギーの地産地消」を実現するという方向性です。そして将来的には、その仕組みや「人にも自然にも優しいまちづくり」そのものを輸出することを目指すべきだと、私は考えています。
 

(取材=2013年2月22日/東北大学大学院 環境科学研究科 本館2階 研究科長室にて)

研究者プロフィール

東北大学大学院 環境科学研究科 研究科長・教授
専攻=環境科学
田路 和幸  先生

(とうじ・かずゆき)1953年兵庫県生まれ。学習院大学理学部卒業。学習院大学大学院自然科学研究科修了。理学博士。文部科学省岡崎国立共同研究機構分子科学研究所勤務、東北大学大学院工学研究科助教授、教授を経て、同環境科学研究科教授。2010年より研究科長。

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