研究者インタビュー

社会の変化に見合った新しい教育を

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情報機器で変わりつつある教室の様子

 ICT(情報通信技術)の発達と普及は、私たちの社会を大きく変えました。今では生活も産業も、パソコンや携帯電話などの情報機器と、インターネットの接続環境なしには成り立たないと言えるほどです。

 それでは学校教育はどうでしょう。私は大学院時代、東京都江東区と、石川県の能登半島の小学校をインターネットで結んで行なった交流学習に関わりました。お互いの顔を見ながら、子どもたちが米作りについて話し合います。都会の子たちは「農薬を使っていない安全な米が食べたい」と言いますが、生産地の子たちは、雑草や病害虫に苦労しながら田んぼで働いている家族の姿を見ています。活発な議論が行なわれ、それを通してお互いが理解を深めるという、非常に有意義な時間でした。

 ところがそれから10年以上経った今でも、学校のICT化は、企業や家庭に比べて大きく遅れています。学校にパソコン室ができても、決して十分に活用されているとは言えません。そもそも小学校では、子どもたちのパソコン操作能力を向上させるよりも、ICT化によって通常の授業の質を向上させることの方が大切なのです。

 授業では黒板に書くよりも、スクリーンに資料を映して見せた方が効果的な場合があります。かつてはスライドや、透明なシートの原稿を投影するオーバーヘッドプロジェクターが活用されていました。しかし今は、仙台市立の小学校の全ての教室に50インチサイズのデジタルテレビが設置されています。先生方にはパソコンが支給されていて、指導用のデジタル教科書で、教科書の写真を拡大して細部を見せたり、動画や音声を再生したりできるようになりました。例えば漢字の書き順の説明では、アニメーション表示によって、先生は自分で書かなくてすむ分、子どもたち一人ひとりを観察できるため、子どもたちの方に目を向けられることで、指導の効率が上がるのです。

 実は現場の先生方にパソコン以上に歓迎されたのは「実物投影機」です。教科書や資料、子どものノートなどを、簡単な操作でそのままモニターに映して見せることができます。パソコンの苦手な先生でもすぐに使える、もっとも活用されている情報機器と言ってよいでしょう。

 最近では「電子黒板」も使われ始めました。パソコン画面を映したプロジェクターのスクリーンに小さな機械を取り付けるだけで、専用の電子ペンがマウス代わりになるタイプが普及しています。さらに今は液晶タイプの電子黒板も実用化され、スマートフォンやタブレットパソコンのように、画面に触れて操作できるものも導入されています。

タッチパネル式の電子黒板

情報機器の活用で子どもの興味・関心が高まる

 ICTを導入すると子どもたちの学力が向上する、というデータは既に出ています。その理由として、授業で説明に要する時間が短縮されるなどの「効率」、説明が理解できる子の割合が増える「効果」、そして子どもの興味や意欲が高まる「魅力」の3つが挙げられるでしょう。

 今後は生徒が一人1台ずつの情報機器を持ち、授業中だけでなく家庭学習で活用することも考えられていて、韓国やシンガポールでは既に実現しています。生徒が情報機器を使う学習の中で、まず効果が期待できるのが、計算練習などの基礎的な反復学習です。生徒一人一人の理解度や進度に合わせて適切な問題を提示し、計算を終えるとすぐに結果が出てアドバイスがもらえますから、意欲や集中力が高まります。そしてこうした学習は、情報機器を持ち帰ることができれば家庭でも可能です。

 自分で情報を集めてまとめる、いわゆる「調べ学習」にも情報機器は最適です。学校にはない資料でも、インターネットの検索機能を利用すれば、すぐに見つかることが少なくありません。例えばNHKは「NHK for school」というウェブサイトで、動画を含む多くのデジタル教材を公開しています。先生が授業で見せることもできますが、もちろん生徒が自分で探し出して見ることもできるのです。

 従って「学校で習ったことを家庭で復習する」のではなく、「家庭で学んできたことを学校で確認したり深めたりする」という学習も可能で、内容によってはその方がむしろ効率的・効果的であると言えるのです。今までとは反対の流れですので、これは「反転授業」と呼ばれています。

 学校のICT関連施設・設備は、ここ10年でだいぶ充実してきました。しかし取り組みには、自治体や学校ごとに差があるのが実情です。小学校と違い、仙台市立の中学校には大型のデジタルテレビは学校全体に10台程度で、教室で使うたびに運び込んで接続する必要があります。先生用のデジタル教科書を導入している自治体は、宮城県では2割程度です。最初に申し上げた通り、全体を見れば学校教育におけるICT化は決して十分ではなく、むしろ社会全体の進み方に対して、大きく遅れをとっていると言わざるを得ません。

 さて、ここまでは情報機器を中心にお話ししてきましたが、「教育の未来」というテーマは、もちろんもっと大きな視野で考える必要があります。明治時代に確立した一斉授業による指導は、これまでは非常に有効でした。しかし日本の産業構造が変化し、サービスや情報、金融などの仕事に就く人が多くなった今では、知識量や計算力よりも、自分で課題を見つけ出して解決したり、独創的なアイディアを実現したりする能力が重視されていることは、皆さんもご存知のとおりです。

情報を活用する力を伸ばす新しい授業

 そうした力を伸ばすためには、どのような教育が良いのでしょうか。実は、子どもがまず自分で学んで学校がそれをフォローするという先ほどの「反転授業」は、たとえ情報機器を用いなくても、大変有効であることが既に実証されています。情報機器の活用の問題とは別に、子どもが主体的に課題に取り組み、先生がそれを支援するという形こそが、新しい教育の可能性だと言うことができるのです。

 自分で情報を選び取り、それを再構成して発表する授業は、子どもたちの表現力や活用力を大きく伸ばします。私は現場の先生方と共に、こうした形の授業の実践を積み重ねてきました。情報機器を用いる授業と混同されがちですが、私たちはこれを「情報活用型授業」と呼んで区別しています。実は2000年から学校に導入された「総合的な学習の時間」では、「生きる力」のひとつとして、情報活用能力の育成が目指されました。

 国際的な学力比較がしばしば話題になりますが、これも現在では、知識量や計算力などより考える力を問う問題が主流です。既に日本の学習指導要領にもそれが反映されていることは、現在使われている教科書を見ればお分かりいただけるはずです。知識や情報が、主に学校と先生からもたらされていた時代とは違い、現代の子どもたちはテレビやインターネットを通じて豊富な情報にアクセスしています。教科の学びに積極的に「情報活用型授業」を取り入れながら、「総合的な学習の時間」を充実させていくことで、学校は子どもたちにとって、いっそう良い学びの場になれるはずです。

 私たち研究者は、現場の先生方や情報通信関係の企業と連携しながら、様々な実践を積み重ねています。調べる、まとめる、発表するなどの活動に不慣れな子どもたちが、実例を見ながらそのスキルを学べるよう、「つくってつたえる+あつめてまとめる ~情報活用を助けるWeb教材~」というウェブサイトも作りましたので、活用していただければ幸いです。

 教育への情報機器の導入には予算が必要です。情報機器についての、教える側の知識や技能をどうやって向上させるかという課題もあります。しかしこれからの時代の働き方、暮らし方、そしてコミュニケーションのあり方を考えれば、教育をもう一度組み立て直す作業は不可欠だと思います。

 今年の10月には仙台で「全日本教育工学研究協議会」の全国大会が開催される予定です。「未来を築く学びのリ・デザイン」がテーマで、先進校である仙台市立愛子小学校をはじめ県内8つの小中高校による新たな提案授業が行なわれるなど、多彩なプログラムが展開されます。教育関係者だけでなく、市民の皆さんにもぜひ注目していただきたいと思っています。

(取材=2013年2月21日/東北学院大学 泉キャンパス4号館4階 教育工学実習室にて)

研究者プロフィール

東北学院大学 教養学部 准教授
専攻=教育工学・情報教育
稲垣 忠  先生

(いながき・ただし)1976年愛知県生まれ。金沢大学教育学部卒業後、同大学院教育学研究科、関西大学大学院総合情報学研究科博士課程を修了。博士(情報学)。東北学院大学教養学部講師を経て、2006年より現職。著書に『授業設計マニュアル―教師のためのインストラクショナルデザイン』、翻訳書に『デジタル社会の学びのかたち 教育とテクノロジの再考』(ともに北大路書房)など。ウェブサイト:http://www.ina-lab.net/ ツイッター:@slty022

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