研究者インタビュー

社会的な権利としてのフランスの観光

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96あるフランスの県をほとんど訪ねる

 観光学は、比較的新しい学問分野です。日本の大学で学科や学部が次々に開設されるようになったのは1990年代からで、各地に広がり始めてから、まだ20年あまりしか経っていません。

 私自身、大学や大学院で学んだのは観光学ではなくフランス文学でした。高校生の時、20世紀を代表するマルセル・プルーストの大長編『失われた時を求めて』を翻訳で読んだところ、自分の感覚にぴったり合ったんですね。「これを原文で読みたい」という思いから、フランス文学を志しました。しかしプルーストの小説を理解するためには、20世紀初めのフランスの社会や文化、そして政治や経済なども学ばなければなりません。そうした勉強も楽しかったため、大学院に進んで研究を続けました。

 大学院を出て、宮崎の大学にフランス語の講師として赴任したところ、たまたま観光経済学科が開設されたばかりでした。まだ新しい分野だっただけに、若手の研究者たちが、経済や地理や法律といったさまざまな分野から集まってきていました。年齢の近い彼らと交流しているうちに、私も観光学に興味を持つようになったのです。

 「バカンス」というフランス語で知られるように、フランスは観光の先進国です。ところが日本では、フランスの観光について研究した本はほとんど出版されていませんでした。そこでフランスで出版された観光関係の研究書などで勉強しているうちに、観光も専門分野に加わったというわけです。観光学の研究者の中には、私のように、他の分野を勉強しているうちに観光も研究するようになった人と、観光に関連する実業の世界から転身した人の2つのタイプがいます。さらに観光を学ぶコースが大学に多く設置されるようになった今では、最初から観光を専門とする研究者も増えてきました。心強いことです。

 実は私自身は、大学時代はフランスに行く必要性をそれほど感じていませんでした。フランス文学の研究が盛んな日本では、文献の入手は難しくなかったからです。しかし大学院時代に、夏のヨーロッパを2ヶ月ほど回ってからは考えが変わりました。実際にその土地を見ないと、本だけでは分からないことがあると痛感したのです。それからはたびたびフランスに渡り、フランス本土のほとんどの県を回りました。

 西ヨーロッパ最大の面積を持つフランスは、地域ごとの個性が豊かです。行く先々においしい食べ物とワインが待っていますが、個人的には南西部のペリゴールに広がる田園地帯が特にお勧めです。もう一つ挙げるなら、冬の地中海でしょうか。フランスでは古くから、寒さを避ける保養地として親しまれていて、夏の観光地のイメージが定着したのは第一次大戦後です。

先生の訳書『観光のラビリンス』とビジュアルな観光史の本(フランス語)

家族が旅行先で過ごすことは社会的な権利

 私自身のフランス旅行もあわただしいものでしたが、同じ観光と言っても、日本人と、フランスをはじめとする西ヨーロッパ人の感覚はだいぶ違います。西ヨーロッパの人々は、伝統的には夏の1ヶ月を同じ場所で過ごすような滞在型スタイルが主流でした。その間、勤め先自体が休業してしまうことも珍しくなく、日本人の感覚からすると、驚いたり不思議に思えたりします。こうしたバカンスの過ごし方は、なぜ生まれ、なぜ定着したのでしょう。フランスの観光、特に歴史を研究するうちに、それが分かってきました。

 フランスでは古くから、貴族や富裕層が一年の各シーズンをそれぞれ異なるリゾートで過ごす習慣がありました。しかし第一次世界大戦や1929年の大恐慌を経て、こうした特権階級は没落します。そのときフランスでは、特権階級のものだったバカンスを否定するのではなく、特に子どもたちにとっては良いことだから、むしろ貧しい労働者・サラリーマンの家族も、そろってバカンスを取れるようにするべきだと考えられたのです。

 こうして1936年、労働運動の成果で、他のヨーロッパ諸国に先駆けて有給休暇が法制化されました。「親子や親戚が水入らずで過ごす時間を持つことは、人間らしく生きるための権利である」と認められたのです。これが、今では年間5週間にも及ぶようになったバカンスの始まりです。

 ドイツに占領された第二次世界大戦が終わると、バカンスの大衆化はいっそう進みました。都市の労働者・サラリーマンとその家族の多くが、実際に田舎へと出かけるようになります。ただしお金がありませんから、最初は自分の出身地への「帰省」が主でした。

 政府も補助金を出してこれを推進するようになり、そのお金を基に、バカンス滞在援助に特化した市民の団体、今で言うNPOが山や海に滞在施設を作って勤労者の家族を送り込むようになります。こうして多くの人が、単なる帰省ではなく、行き先を選んだり、その年によって変えたりすることができるようになりました。西ヨーロッパ型の大衆観光は、このようにして成立したのです。

 国や公的団体が関わって作り上げたこうした仕組みを、ヨーロッパでは「ソーシャル・ツーリズム」と呼んでいます。翻訳などを通じて私が紹介するまで、フランスのソーシャル・ツーリズムの沿革や現状については、日本ではほとんど知られていませんでした。

 フランスをはじめとするヨーロッパ諸国における「観光旅行」は、連続した長期の有給休暇とその取得が大前提です。家族が仕事や学校の休みを合わせて、数日間だけ有名な観光地に行くという日本の観光旅行との違いは、主にこうした成り立ちの違いによると言ってよいと思います。

日本のグリーン・ツーリズムはまだこれから

 第二次世界大戦後、フランスは日本に次ぐと言って良いほどの経済成長を遂げました。それまでは、帰省以外ではバカンス村やキャンプ場にて家族単位で過ごし、時に共同体的に生活していた労働者・サラリーマンたちも、豊かになると、それぞれが自由に観光に出かけるようになります。ソーシャル・ツーリズムのピークは1970年代までで、80年代以降は商業ツーリズムが主流になりました。

 しかし、家族旅行が社会的な権利であるという基本は変わりません。収入が少ない家族も、勤め先の家族手当の充実や補助金があるため、旅行に出かけることができます。また、旅行のために積み立てをすると、割り増しされた小切手が発行されるという仕組みもあります。

 そして、自炊しながら海や山、田園で長い休みを過ごし、釣りや乗馬、登山などを楽しむというスタイルも変わりません。近年は日本でも、都市の美術館などを訪ねる文化観光だけでなく、田舎でゆっくりと過ごす、滞在型の自然観光を楽しむ人が増えてきました。自然の中で農作業などを体験する、「グリーン・ツーリズム」という言葉を耳にしたことがある方も多いでしょう。

 しかし連続した有給休暇を取ることが難しい現状では、本当の意味でのグリーン・ツーリズムが定着するのは、まだ先のことだと言わざるを得ません。「観光立国」というかけ声も聞きますが、日本では海外からの観光客の誘致を図る、産業政策としての色合いが強いようです。フランスには、ベッドと朝食だけを提供する安価な民宿の数が多く、田舎の空き家を1週間単位で貸し出す民間の組織もあります。バカンスを楽しむことを社会的な権利と考えているヨーロッパから、日本が学ぶべきことは、まだまだあると思います。

 日本でも、退職者世代の方々にはグリーン・ツーリズムを楽しんでいただくことが可能かもしれません。文化観光だけでなく、田舎でゆったりと時を過ごすタイプの旅行も選べるようになると良いと思います。たとえば夏は、お孫さんと一緒にグリーン・ツーリズム、というのはいかがでしょう。

 東北の観光産業について言えば、これからの観光地にとって大切なのはむしろ口コミであり、リピーターを増やすことだと考えています。たとえば大型キャンペーンで来ていただいた方に、いかに「もう一度来たい」「今度は他の人も誘って一緒に来たい」と思っていただけるか。

 今の時代、たとえ宿そのものは豪華ではなかったり多少古かったりしても、景色が良く、ホスピタリティに優れ、地元との触れ合いがある旅は、きっと高く評価されるはずです。少人数から、小さな規模から始めて、少しずつ増やしていこうという発想を、大切にする時期なのではないでしょうか。

(取材=2013年5月27日/仙台青葉学院短期大学5階 成澤研究室にて)

研究者プロフィール

仙台青葉学院短期大学 ビジネスキャリア学科副学科長・教授
専攻=観光学
成澤 広幸  先生

(なるさわ・ひろゆき)1957年長野県生まれ。信州大学人文学部卒業。広島大学大学院文学研究科博士課程後期単位修得退学。文学修士。宮崎産業経営大学を経て2009年より現職。著書に『グリーン・ツーリズムの潮流』(共著)、『現代社会とツーリズム』(共著)、訳書に『観光のラビリンス』(マルク・ボワイエ著)など。

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