研究者インタビュー

ブランディングで東北の観光の再生を

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ブランド研究の成果を東北再生に役立てたい

 私は学術の世界とビジネスの現場をつなぐ立場から、マーケティングの研究に長く携わってきました。マーケティングとは本来、企業をはじめとする供給側と、消費者という需要側の、より良いコミュニケーションのための双方向的な活動です。単なる市場調査や販売促進のことではありません。

 私が特に力を注いできたのは、ブランドについての研究です。ブランドと聞くと、有名なバッグのメーカーの名前などを思い浮かべる方も多いでしょう。しかしブランドとは、実は「企業のものではなく消費者のものだ」と考える必要があります。そのメーカー名がなぜブランドとして定着したのかと言えば、商品を通して表現された企業の価値観や意思が、消費者の共感を呼び、受け入れられたからに他なりません。企業側が宣伝などでブランドを押し付けようとしても、現代の賢明な消費者に支持されることは困難です。

 ブランドをこのように考えて、新たな商品を開発したり、消費者とのコミュニケーションのあり方を改めたりすることをブランディングと言います。ブランディングの成功によって、本来持っていた価値が消費者に認められることもあれば、一度はブランドを確立した企業が、ブランディングの誤りから消費者の支持を失うこともあるのです。

 ブランドとは、需要側と供給側という枠組みを超えた価値の共有であり、社会的・文化的な資源です。そして今、私はこうしたブランディングの考え方を、東日本大震災で傷ついた、東北の再生のために役立てたいと願っています。

 私は2010年の9月に、妻とともに千葉県の市川市から仙台に移り住んで来ました。山形市にある東北芸術工科大学で教え始めたのは2005年ですが、それまで東北とのご縁はそれほどありませんでした。しかし授業のために山形に通い、2008年からは仙台に開設された大学院でも教えるようになって、東北の自然や人情に強く惹かれるようになります。体力面での不安もあって決めた仙台への移住でしたが、一昨年の東日本大震災を機に、東北に腰を据え、自分の知識と経験で再生に貢献したいという氣持ちを固めたのです。

 私は仙台駅の近くで地震に遭遇しましたが、幸運なことに自分も家族も無事で、住まいのある仙台市中心部はインフラの復旧が早かったため、生活にも健康にも深刻な打撃は受けませんでした。大学院のゼミ研究などを通していくつかの復興プロジェクトに関わり、昨年2月には『「東北再生計画」ポスト3・11のマーケティング』という本を発表しました。その中にも書いたとおり、観光は東北再生のための大きな力になり得ます。

新しい発想で地域の魅力を発見し発信する

 今年、仙台・宮城では「デスティネーションキャンペーン」という、大型の観光キャンペーンが行われました。デスティネーションとは、もともとは目的地という意味です。企業や現地の自治体が力を合わせて観光客の誘致に取り組むもので、観光を通した震災からの復興が大きな目標でした。

 このキャンペーンにも、「発地型観光から着地型観光へ」というマーケティングやブランディングの考え方が導入されています。「発地型」というのは、お客様を送り出す側の発想による観光旅行です。典型的なのは、旅行会社が団体旅行やパックツアーで有名観光地に案内するスタイルですね。これに対して「着地型」は、その土地ならではの魅力を、その土地に暮らす人が自ら発信し、自らお客様をおもてなしするというスタイルです。

 私自身が関わってきた、松島の例を挙げてみます。日本三景のひとつだけあって松島には多くの観光客が訪れますが、訪問客数のピークは1980年代で、長期的には減少傾向が続いています。発地型の発想では、瑞巌寺を見て遊覧船に乗ってお土産を買ってと、一度来れば十分でしょう。しかも日帰り客が多いために滞在時間が短く、使っていただけるお金は限られていました。東京ディズニーランドのように、繰り返し来ていただこう、宿泊して長く滞在していただこうという発想と努力には、欠けていたと言わなければなりません。

 しかし近年は、温泉を掘ったり、四季折々の魅力をアピールしたり、さまざまなイベントを行うことで、松島に新しい価値を加えようという地元の動きが生まれてきました。たとえば円通院で秋に行っている紅葉のライトアップは、私たちの研究室による企画です。見事な庭園で笛やオカリナを奏で、その音に照明を連動させるという演出は大好評でした。

 瑞巌寺の参道にろうそくを灯して歩く「灯道」(とうどう)というイベントで取り組んだのは、「双子のろうそく作り」という企画です。お客様に、長い芯の両側にろうを付着させて二つのろうそくを作っていただきます。出来上がった一方を円通院に奉納していただいて灯道で灯し、もう一方をお持ち帰りいただいたところ、大変喜んでいただきました。

 秋ならではの魅力や、夜ならではの風情を味わっていただくためにはどうしたらよいのか。そうした発想で企画を考え、発信しなければなりません。インターネットの普及で、消費者が得る情報の量は格段に増えました。観光地の側も、努力して変わり続けなければならないのです。またこうした企画の効果は、個々の事業者が単独で取り組むだけでは限定的です。交通事業者、宿泊業者、観光地などの関係機関が連携し、地域全体の魅力の向上と、発信に努める必要があるのです。

 ブランドには、他とは違う「識別性」、質の「保証」、そして今日的な「意味性」の、3つの役割があります。東北各地の観光地が積極的にブランディングに取り組み、成果を上げることを願っています。

円通院での光と音の空間演出

行き詰まりつつある日本を救うのは東北

 高度成長を経て経済大国になった日本は、米国をまねて、市場が拡大し続ける「成長型のシステム」を追求してきました。マーケティングで言えば、購入者数と購入量が増えることを目標としてきたのです。しかし消費者の目が肥えた今は、単に安いからとか流行っているからという理由では、商品を買ってもらえなくなりました。

 今の日本では、身の丈に合った暮らしを楽しみたいという価値観が広まりつつあって、それはたとえば、地産地消を良しとする人々の増加に表れています。マーケティングではこれを、小さくても需給のバランスが取れる「調和型のシステム」への志向ととらえています。時代に支持されて広がる可能性の高い新しい価値は、こちらの側から生まれようとしているのです。

 この考え方を東北の観光に当てはめると、たとえば東京スカイツリーには提供できないような、まず地域の人に支持され、愛されるような価値を見い出すことから始めるべきだということになります。地域独自の価値を見い出し、それを訪問してくださった観光客の方々に丁寧に提供して、満足感を味わっていただきましょう。それこそが地域のブランディングであり、やがてはブランドがユーザーを育て、ユーザーがブランドを育てるという好循環を生み出すはずです。そして地域発のブランドが、日本という枠組みを超え、一氣に「世界が評価する」ブランドへと成長する可能性さえあります。

 東日本大震災で、松島は奇跡的に小さな津波被害ですみました。花火大会は中止されましたが、代わりに、他では見られない海辺での盆踊りが復活しています。震災の犠牲者を追悼し、地域の絆を確かめ合うこの「海の盆」は、観光客にとっても感動的なものになりました。修学旅行で災害や避難について学んでもらったり、復興にボランティアとして関わりたい方々のためのツアーを実施したりと、震災の体験を資源化する、新たな形の観光を創造する取り組みも行われています。

 私は今、「震災を体験した東北こそが、行き詰まりつつあった日本を変えることができる」と考えています。私自身、復興に資するためのマーケティング研究に取り組む一方で、社会的な価値を実現しながら経営的にも継続可能な事業を、学生たちと企画するなどしているところです。観光業者や大学、行政だけでなく、広く市民の皆さんにも、これからの地域について考えていただければと願っています。

(取材=2013年5月13日/AER7階・東北芸術工科大学大学院仙台スクール 応接室にて)

研究者プロフィール

東北芸術工科大学大学院仙台スクール 教授
専攻=マーケティング論
平林 千春  先生

(ひらばやし・ちはる)1947年長野県生まれ。法政大学社会学部中退。雑誌編集長、フリージャーナリストを経て、マーケティングプランナーに。1978年コミュニケーションシステム研究所を設立。マーケティング研究の成果を、数多くのビジネス書として発表してきた。またコンサルタントとして、ブランドマネジメント、商品開発、新事業開発などの分野で活躍。2005年より東北芸術工科大学デザイン工学部教授に就任し、2008年より現職。著書に『「東北再生計画」ポスト3・11のマーケティング』『なぜ、その商品がほしくなるのか』など。

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