研究者インタビュー

研究室で活躍する“リケジョ”たち

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脳の男女差で文系・理系は決まらない

 私は生物学の研究者で、大学の研究プロジェクトのリーダーや、日本分子生物学会の理事長も務めています。女性の理系研究者が珍しがられることはなくなりましたが、こうしたまとめ役となるとまだまだ少ないのが現状です。

 「男性と女性は脳が違うから、女性は理系に向かないのでは?」と思っている人もいます。私の専門は脳が発生する仕組みの解明なのですが、脳への市民の関心が高まった一方で、
誤った知識や思い込みが広まっていることは見過ごせません。

 体格が違う分、男性の方が脳も100gくらい重いとか、空間認知力は男性の方が、言語統合力は女性の方が高いなど、たしかに脳の構造や働きには男女の違いがあります。しかしあくまで平均です。むしろ個人差が大きく、各種の認知機能も学習によって伸ばせることが分かっていますから、「男性の脳は理系向き、女性の脳は文系向き」などと決めつけることは明らかに無理があります。異なる脳の使い方をする両性が協力することでこそ、創造的な仕事は成果が上がる、というのが私の考えです。

 しかし日本は今でも男女に役割分担を求めがちで、「男は外で働き、女は家事や育児をするべき」といった、不自由な考え方をする人が少なくありません。性差の問題は世界的にも関心が高く、私が今年訳した『なぜ理系に進む女性は少ないのか? トップ研究者による15の論争』という本は、欧米の研究者たちが、この問題に正面から取り組んだものです。幸い、多くの新聞や雑誌で大きく取り上げていただきました。決して専門的な難しい内容ではありませんので、市民の皆さんにもぜひ読んで考えていただければと思います。

 正しい理解が社会に広がることで、理系の大学や仕事を目指す女性がもっと増えてほしい、というのが私の願いです。理系の勉強が得意な女子が、周囲から医師や薬剤師などの道を勧められることが多いのは、今でも変わりません。しかし理系には数学、物理、工学などさまざまな分野があり、最近では研究者や技術者として活躍する女性が増えています。

 家族の理解とあわせて私が期待するのは、中学や高校での進路指導です。本人の特性を把握した上で、女子に理系への進学を促す動きが、より盛んになればと思います。

大隅先生の訳書(右)と理系女子応援マガジン(講談社発行)

心と遺伝子の関係を解き明かす

 私は母が酵母菌と電子顕微鏡の、父が鯨の研究者でしたから、自分も理系の研究者になることは、子どもの頃から選択肢の一つでした。将来英語で論文を書くために、小学4年生から英語を、中学卒業時には英文タイプを習っていたくらいです。

 母・正子は、当時1歳だった私を置いて米国に留学しています。これは、父はもちろん、母の両親の理解と応援があったからこそです。母は日本女子大学の教授を務め、1983年には自然科学分野の女性研究者に贈られる「猿橋賞」を受賞しました。母は私にとってのロールモデル、手本の一人になりました。

 父・清治からは、論理的な思考や、研究の内容と成果を、社会に向けて発信することの大切さを学んだと思います。私が中高校生の頃、日本は米国による大規模な捕鯨禁止キャンペーンに反対していました。これは単に食習慣や捕鯨関係者の生活の問題だけでなく、海の生態系を守るという意義が大きかったのです。父は科学者として、国内外にそのことを訴える役割を積極的に担っていました。「税金を使って研究させていただいている以上、市民に理解を求める努力をするのは当然」という私の考えは、父から受け継いだものです。インターネットが普及した今は、ブログやツイッターでの発信にも努めています。

 歯学部から大学院に進んだ時、私は当時もっともホットだった遺伝子の研究をしようと考えました。体のさまざまな部位は、1個の受精卵が細胞分裂を繰り返すことで作られていきます。その際、脳はどのような遺伝子の働きで発生するのか、がテーマです。指導教官に「女性が認められるためには男性の2倍成果を上げるつもりで頑張りなさい」と言われたこともあって、マウスを使った実験に没頭しました。

 人間を含めて生物は、遺伝的なプログラムと環境的な要因の両方で形成されます。その過程を分子レベルで解明することができれば、病氣の治療や予防に役立つ可能性があります。統合失調症や自閉症が発症する仕組みを、脳に関わる遺伝子の働きから説明したいというのが、私の今の主な研究課題です。

 「体だけでなく、心の病氣や問題までが遺伝子で説明できてしまうのか」と抵抗を感じる方もいるかもしれません。心と脳に密接な関係があり、脳が体の一部である以上、心と遺伝子にはもちろん関係があります。しかし、人の心が遺伝子で決まってしまうということは絶対にありません。実は遺伝子情報は上書きが繰り返されていて、「どんな遺伝子か」よりも、「環境によってその遺伝子がどう働くか」の方が、むしろ重要だと言って良いほどだからです。

 遺伝子にとっての環境には、食べ物、運動、睡眠、ストレスなどが挙げられます。体全体や臓器のレベルに影響のあることは、遺伝子や分子のレベルでも影響があり、もちろん脳も例外ではないのです。

日本初の女子大学生は理系だった

 今からちょうど100年前、大正2年に日本で初めての女子大学生が誕生しました。他の大学に先駆けて彼女たちを受け入れたのが、「門戸開放」を掲げて、その6年前に設立されたばかりの東北帝国大学、今の東北大学だったのです。

 女子の受験を認めるという発表を知って当時の文部省はずいぶんあわてましたが、3人が入学そして卒業し、黒田チカと丹下ウメは化学の、牧田らくは数学の学士になります。日本初の女子大学生は理系だったのです。その後、黒田が英国留学を経て博士号を取得し、お茶の水女子大学の教授に就任するなど、3人はまさに日本の女性研究者の草分けになりました。

 東北大学では今年、女子学生入学100周年を記念して、さまざまな事業を行っています。私は、8月に開催されたシンポジウムの企画・運営を担当しました。今の若い人やメディアは理系女子を「リケジョ」と呼びますから、サブタイトルは「リケジョの百年から未来の女性リーダー育成に向けて」です。コミュニケーションを得意とする女性は、今では研究や開発の現場に欠かせないだけでなく、チーム全体に目配り氣配りをして、プロジェクトを成功に導く役割が期待されています。若い女性研究者たちには、100年前の大先輩に学ぶとともに、これからはリーダーとしても活躍してほしいという願いを込めて企画にあたりました。

 1年半ほど前から準備を重ねてきましたが、米国、英国からも高名な女性研究者をお招きして講演していただいたり、女性の活躍を支える男性の立場から提言をいただいたりするなど、ユニークでバラエティに富んだ内容になったと思います。おかげさまで、市民の方にも数多くご参加いただくことができました。アンケートを拝見しましたが、ご好評をいただけてうれしい限りです。

 東北大学の理系分野で女性が初めて教授になったのは1997年で、翌年に就任した私が2人目になります。東北大学は女性研究者の育成に熱心です。出産や育児で研究から離れたりキャリアが中断することがないよう支援したり、性別を問わずに昇進させたり責任ある地位に就けたりすることにも取り組んでいます。

 私は今、大学の「女性研究者育成支援推進室」の副室長と、男女共同参画担当の大学総長特別補佐も務めています。現在もっとも力を入れている事業の一つである「東北大学サイエンス・エンジェル」は、理系の女子大学院生が、高校への出前授業や科学イベントの企画運営を行うことで、未来のリケジョのロールモデルになってもらおうというものです。

 脳は子ども時代に完成すると考えられていた時代もありました。しかし今では、大人になっても脳の神経細胞は新たに生まれ続けることが分かっています。これをお読みの皆さんも、いくつになっても学びを楽しみ、いきいきと過ごされることを願っています。

(取材=2013年8月12日/東北大学医学系総合研究棟(5号館)9階 発生発達神経科学分野・大隅研究室にて)

研究者プロフィール

東北大学大学院 医学系研究科 教授
専攻=発生発達神経科学
大隅 典子  先生

(おおすみ・のりこ)1960年神奈川県生まれ。東京医科歯科大学歯学部卒。同大学院歯学研究科修了。歯学博士。同大学歯学部助手、国立精神・神経センター神経研究所室長を経て、1998年より現職。東北大学女性研究者育成支援推進室副室長。東北大学総長特別補佐(男女共同参画担当)。脳神経科学コアセンター長。日本分子生物学会理事長。著書に『脳の発生発達―神経発生学入門』『最前線の生命科学者12人に聞く いのちの不思議を考えよう』(共著)など、訳書に『なぜ理系に進む女性は少ないのか? トップ研究者による15の論争』『心を生みだす遺伝子』など。

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