研究者インタビュー

東北をもっともチャレンジがしやすい地域に

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地域の結びつきが防災力を高める

 東日本大震災の激しい揺れには、大学のこの建物の6階で遭遇しました。私の専門はまちづくりで、仙台市の総合計画審議会や都市計画審議会で委員を務めてきました。その時は市職員の方と打ち合わせ中でした。建物は無事でしたがすぐ外に出て、市職員は市役所へ、私は指定避難所になっていたキャンパスの中庭へと向かいました。建物に戻って研究室に入ったのは2時間ほど後です。本棚の本が落ちるなどしていて片付けに追われましたが、4月7日の大きな余震で再び崩れてしまいました。

 自宅は仙台市中心部のマンションの8階です。やはり本が散乱し、テレビが転げ落ちていました。電氣が復旧したのは3日目くらいだったでしょうか。不自由はありましたが、大きな被害を受けずに済んだのは幸運でした。

 私は大学の他の先生方とともに防災研究にも取り組んでいましたが、正直に言ってあれほどの規模の地震や津波は想定していませんでした。避難所に人が溢れる現実を目の当たりにして言葉を失いましたし、沿岸地域の防災計画などにも関わりながら、巨大津波の可能性を明示して対策を促すまでに至らなかったことが悔やまれます。

 しかし成果を上げた取り組みも少なくありません。仙台、宮城、東北には、人々のつながりの強い地域が各地にあります。これを活かして災害に強いまちをつくるための情報提供やセミナーなどを、産学官が協力して行っていました。町内会単位で高齢者や障がい者などの「災害弱者(災害時要援護者)」の存在を把握しておいて避難活動に役立てたり、地域ごとに食料などを備蓄しておいたりという形で、震災時に実を結んだ活動も多かったのです。市内のマンションでも備えがあったため、1階のピロティなどで住民による炊き出しが行われたケースもありました。

 東日本大震災を経験した今、こうした地域の取り組みをさらに充実させる必要があることは言うまでもありません。重要なのは、やはり「人」です。仙台市消防局の事業で、私も養成プログラムの検討に加わった「地域防災リーダー」は2011年度に養成を開始する予定でしたが、震災の影響で実施が遅れ、2012年度に第1期生を送り出しました。2日間、約12時間の講習で防災に関する知識と技術を学んだ「地域防災リーダー」は、町内会などと連携して防災活動を支える存在です。通常は地域のコミュニティ防災計画の作成や防災訓練の企画に携わり、災害時には応急活動の指揮などにあたります。ぜひ多くの方に「地域防災リーダー」として、活躍していただきたいと願っています。

市民が情報と意見を交換する場の大切さ

 震災から3年近くが過ぎ、「復興」について、あらためて検討するべき時期が来ていると思います。国や自治体はもちろんですが、市民レベルでもこれまでの復興の歩みを検証し、今後について考えるべきではないでしょうか。個々の利益や自分の住む地域の利益だけにとらわれず、広い視野で市民自身が考え、知恵を出し合う場が持たれるべきでしょう。

 東北大学では2009年から、「リベラルアーツサロン」という、文系の研究者と市民の方々が様々なテーマで語り合う催しを行っています。2013年の9月、私が担当した時のテーマは「震災復興:~“東北” はどこへ向かうのか」です。当日は私が設定した「復興はどのような期待に対して遅れているのか」「住民参加でもっと議論を尽くすべきなのか、あるいは強いリーダーシップで計画を推進すべきなのか」などの問いかけに対して、参加者から実に多様な意見が出され、議論が交わされました。

 具体的には、たとえば沿岸地域では、地域コミュニティの維持が高齢化と人口減少によって困難になりつつあることは以前から指摘されていましたが、それが震災によって変質かつ加速しつつある現状に対してどうするべきなのか、といった問題です。もちろん明確な結論が1つに決まるわけではありません。しかしこうした場を持つことで多くの市民が考えを深め、視野を広めること自体が、これからの「あるべき復興」にとっては大切だと思うのです。

 国は2011年4月に「東日本大震災復興構想会議」を開催し、2012年2月には復興庁を設置しました。自治体レベルでも議論が行われ、それに基づいた様々な施策が行われています。しかし復興事業が動き出すと、復興予算の拡大解釈的な流用や繰り越し、復興事業に対する国と地方との認識のズレなどの問題が数多く発生しました。また今では防潮堤、高台移転、災害公営住宅など課題が個別化しつつあるため、逆に住民自らは暮らしの現場で、「復興の全体像」を考え提案していく必要があります。さらに、これらの課題は自治体の範囲を超えて広域的に連携・調整する必要性もあり、住民参加型で解決の方向性を定めるべきだと思いますが、そうした動きは決して十分とは言えません。

 私たちは自らの意志で変えられる部分とそうではない部分を見極め、考えられるシナリオの中から、より望ましい方向を選び取っていかなければなりません。同じ被災地と言っても、津波で家も仕事も失って仮設住宅に暮らしている方々と、震災前の生活をほぼ取り戻している方々が理解し合うことは容易ではないでしょう。しかし小さな浜とボランティアの人々とのつながりが今も保たれている例や、大学の研究室の支援が続いている例もあります。相互理解と、そのための情報発信の大切さ、そして難しさについて、これからも市民の皆さんと考えていきたいと思っています。

イノベーションで単なる復旧ではない復興を

 震災から3年近くが経とうとしている今も、東北地域の今後のまちづくりや、産業、経済の見通しについて語ることは非常に困難です。しかし震災を機に、他地域からUターンしてきた人やボランティアをしに来て住み着いた人もいます。自動車関連産業の集積など、新しい産業創成の契機となり得る動きもあります。私は東北地域に、単なる復旧ではなく、他に先駆けて新たな価値を形にしていく復興の可能性があると考えています。

 たとえば第1次産業に最新の設備や技術、デザインを導入することで、これまでの価格競争とは一線を画そうという動きが、注目を集めています。地域の中で競い合うだけでなく連携を強めたり、生産の規模のみを追うのではなく付加価値を高めようと試みたりする生産者も増えつつあるようです。産業に深刻な打撃を受けた東北地域が、外部からの様々な支援や助成も活かして、新しい仕組みや組織を生み出しながら、日本の中でもっと創業・起業がしやすい地域に生まれ変われないのかというのが、今の大きな課題かつ希望です。

 私が所属する経済学研究科には、2005年に「地域イノベーション研究センター」が設置されました。経済や経営におけるイノベーションとは、技術革新や新分野進出に代表されるアイデアやデザインの「変革」を意味します。東北地域の産業振興と経済発展に貢献することが目的で、調査研究に加えて、人材の育成にも取り組んできました。今年から本格的にスタートした「地域イノベーション プロデューサー塾」の活動はその一つで、中小企業の人材を対象に、新事業の開発、プロデュース能力の育成、事業化段階の支援などを行っています。

 2011年4月には、この研究センターの中に「震災復興研究センター」が設立されました。震災からの地域経済・産業の復興をテーマとし、私がセンター長を務めています。東北大学をはじめ、仙台にある各大学の研究者らによる「地域産業復興調査研究プロジェクト」が活動の中心です。被災地に本社がある企業を対象とした大規模なアンケート調査や事例研究・統計分析などを、継続的に行っています。成果は研究者や政策担当者のみならず、市民の方々を含む幅広い層に公開しており、2013年11月にも『震災復興政策の検証と新産業創出への提言』と題するシンポジウムを開催しました。これからも、政策の提言や被災地からの情報発信に力を入れていくつもりです。

 また東北大学では、2012年4月に「災害科学国際研究所」を設立しました。災害研究は理学や工学など理系の研究分野とされることが多いのですが、この研究所は文系と理系が連携して研究にあたるという特徴を持ち、歴史学の平川新教授が所長を務めています。そして私は、この研究所の「防災社会システム研究分野」のメンバーでもあります。

 「災害科学国際研究所」も、研究成果を市民の皆さんに伝える活動には力を入れています。大学と地域は共存共栄の関係です。私たち研究者は、これからも地域の復興と歩みを共にして行きたいと願っています。

(取材=2013年11月14日/東北大学川内キャンパス 経済学部研究棟・3階第1小会議室にて)

研究者プロフィール

東北大学大学院経済学研究科/災害科学国際研究所 教授
専攻=地域計画
増田 聡  先生

(ますだ・さとる)1959年群馬県生まれ。東京大学工学部卒業。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。三菱総合研究所、東北大学助教授などを経て、2000年より現職。著書に『建設業再生のシナリオ―住民支援型コミュニティ・ビジネスの展開』(共著)など。

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