研究者インタビュー

いかに生きてきたかを伝え合う

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いかに生きてきたかを語り合い、綴り合う

 仙台市のとある「市民センター」(仙台市では、社会教育法上の公民館が市民センターという名称で位置付いている)にご協力をいただき、2009年度から3年間、シニアを対象に、自分史(誌)講座を開催しました。この取り組みは現在は東北大学加齢医学研究所主催のスマートエイジングカレッジに場を移し、今年度も実施を検討しているところです。

 私たちがこの講座で取り入れた「ライフレビュー」という方法は、研究者の間では、調査の方法として知られています。客観性が高いとされる量的調査に対し、質的な情報を深く得るための方法の一つであり、情報提供者が自分自身と対話することの意味を重んじる方法です。また、このライフレビューは、過去の回想が本人に癒しをもたらす意義のある行為として、治療に用いられることもあります。「回想法」という言葉がほぼ同じ意味で使われ、福祉の現場などで広まっています。

 それに対し、私たちが取り組んだのは、このライフレビューを、共同学習の方法として活用する、ということでした。

 この講座で私たちは、受講者の方々に対し、なんらかの「指導」や「教授」をしたわけではありません。それぞれが自らを語り、それを聞き合い、感想を聞かせ合う。書いたものを輪読し合い、推敲し合う。私たちは、そうした手続きに「伴走」させていただいただけです。

 最初は、何らかの思い出を語っていただくことを一巡します。2巡目には、断片的でもかまわないので文章をまとめてきていただいて、それを輪読し合い、感想を言い合います。自分の文章を他の方の音読で聞くことは、ご自身の体験や文章をとらえ返す上でかなり有効のようです。3巡目以降は、完成に近いものをもってきていただき、みんなで推敲するという、仕上げの作業に入っていきます。

 こうした過程を経てできあがった文章は、この仲間内でなければ別のものに仕上がっていたに違いない、いわば共同作品としての性格のものに仕上がっていきます。

 受講された方々は、「何かを書き残したい」と思っておられながら、人前でそれを語ったり、読んでもらったりすることに、大きな抵抗をもたれている方が大多数です。「人様に読んでいただくほどの人生ではない」「恥ずかしい話、言えない話ばかりで、書き残せることなんてそんなにない」とおっしゃる。しかし、そうした話でも、ここでは大事に受けとめてもらえる、安心して語れる、そう思っていただける空間づくり、関係づくりこそ、我々が最も試行錯誤を重ねたポイントでした。

 回を重ねるごとに深まる皆さんの語りから、私自身、「人が年を重ねて生きる」ことの重みを学び、人間理解を刷新できました。その受講者の皆さんは、講座修了後も自発的に集い、語り合いと綴り合いを継続しておられます。

自分史(誌)講座で受講者がまとめた文集

社会教育とは

 学校教育では、学ぶ内容、教える内容は、学び手、教え手とは切り離されたところで決められています。それに対して社会教育は、第二次世界大戦を経て、国民が自由に行えるものとされ、そこに権力的介入は慎まなければならないとされました。ですので理論的には、社会教育施設の学習内容を決定するのは学習者自身ということになります。そのため、社会教育施設が提供する学習内容は多彩であり、また学習者も若年から高齢者まで様々で、それに対応して学習方法においても、いわゆる教授型に限定されない、方法の豊かさを有していました。

 そもそも、皆が義務的に出席する学校教育と違って、社会教育の事業は「人に来てもらう」ところから企てなければなりません。地域の声を聞き、ニーズをつかみ、講座を組み立て、講師を探して依頼し、広報するなど、学校教育では当たり前に成り立っている前段階からつくりこまなければなりません。学習者を主体として地域で学びを組織するという仕事は、地域に学び教養を高める自己研鑽の日々なのです。

 こうした社会教育において、先に挙げた自分史学習は、かつてはポピュラーな方法で、1970年代には、主に青年たちによって各地で生活史学習が盛んに取り組まれていました。勤労青年たちが、自分たちの生い立ちを綴り、それを仲間の生い立ちとつなげながら、この社会において自分たちが置かれた状況をとらえる視座を鍛え合う、そうした実践でした。

 しかし、今日の社会教育施設からは、そうした方法はほとんど消えてしまっています。失われつつあった方法を今日に通用するかたちでよみがえらせられないか。社会教育が本来もっていた、学習内容、方法の多彩さを取り戻すことができないか。私たちの取り組みは、そうした思いから始めたものでした。

 講座を開催したことで、想定外の発見も様々にありました。当時、私の研究室は中国からの留学生が多く、彼らに講座に同席してもらっていましたが、年配者を敬う文化が根付いている中国の若者たちの熱心な聞き方が、自らを語ることに躊躇していた受講者の方々の氣持ちを動かした、ということもありました。シニア世代と若年世代の関係は、文化や社会が異なると大きく違うということを「発見」できた機会でしたし、異なる文化を持つ者同士が出会い、互いを理解し合う、社会教育での学習集団の意味について、認識を新たにした次第です。

被災から学んだことを未来社会に生かすために

 昨年末、ゼミで「震災を経験して、何を学んだか」を話し合っていたとき、福島出身の学生が語った次のセリフが脳裏に焼き付いて離れません。「多くの人がこれまでの社会や生活のあり方を反省し、変えなければならないと考えたはずなのに、まるで全てが震災前に戻ってしまったかのように見える」「結局人間は、この社会は、あれほどの事態があっても変われない、ということを学んだ」。若者が、震災から学んだのが、未来を良くしていくことへの「あきらめ」だというのです。

 しかし私たちは、あきらめてはなりません。学びとられた教訓が生かされ、社会が変わるためには相応の時間がかかります。ただそれは、月日が経てば自動的に変わるものではなく、あきらめない意志と学習と行動が、試行錯誤を経ながら、幾重にも積み重ねられ、広げられて、たどりつくもの。「歴史」はそうやってつくられていくものなのだと思います。

 そうした未来を導くために大事なのは、被災地を、ただ支援の対象としてとらえるのではなく、学習財としてとらえなおすことなのではないでしょうか。

 被災地では、未だ多くの人が、抑えきれないほどの悲しみ、許しきれない憎しみ、果たせなかった無念、拭い去ることのできない後悔など、抱えきれないほどの辛さをこらえながら生きておられる。そのことに間違いありません。しかし、そうした側面ばかりではありません。返しきれないほど支えてもらったことへの感謝、厳しさをくぐり抜けたからこその強さ、痛みを知ったことで獲得された他者の傷みへの共感力・想像力、これまで疑ったことがなかった価値への疑い、新たな価値観への確信など、未曾有のことが学びとられています。それを、被災地だけに閉じさせてはなりません。それをより広い繋がりの中で流通、共有させる、いまをそうした学習運動の契機としていかなければなりません。

 そこで大事になるのは、「互いの存在に学び合う」という学び方です。私たちのささやかな実践は、そうした学習の支援論の構築を目指したものです。さらに経験を積み上げ、ノウハウの確立を目指すとともに、この方法に限定せず、共同学習の方法の模索を、さらに進めていきたいと考えています。

 「学び手」から「伝え手」へと歩みを進めてみる。そのことで視野はかなり広がりますし、自らの歩んできた道のりにも新たな意味を見いだせます。「何を学ぶか」ということにも自覚的になり、身近な存在や事実から学びとる力も高まります。そうした学び方を、これからの選択肢にいれていただきたいですね。
 

(取材=2014年5月28日/東北大学川内キャンパス教育学研究科・教育学部研究棟10階 成人継続教育論・教育政策科学資料室にて)

研究者プロフィール

東北大学大学院 教育学研究科 准教授
専攻=社会教育学
石井山 竜平  先生

(いしいやま・りゅうへい)1969年広島県生まれ。九州大学教育学部助手、静岡大学教育学部講師・助教授を経て、2005年より現職。2014年より日本社会教育学会事務局長。編著書に『東日本大震災と社会教育─3・11後の世界にむきあう学習を拓く』(国土社、編著)、『希望への社会教育─3.11後社会のために』(東洋館出版社、共著)など。

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