研究者インタビュー

五感を刺激するアートで健康に

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東北福祉大学 准教授
専攻=感性福祉 臨床美術
大城 泰造 先生

「臨床美術」(クリニカルアート)とは

 東北福祉大学は10年前、市民の皆さんの健康づくりをお手伝いする「仙台元気塾」を開塾しました。この施設では、トレーニングルームなどで行う「メディカルフィットネス」や、私が担当している「臨床美術」などのプログラムを提供しています。現在は200名を超える会員さんに利用していただいていて、そこに展示してあるのも会員さんの作品です。

 運営にあたっているのは「社会貢献・地域連携センター予防福祉健康増進推進室」で、「仙台元気塾」以外にも、外部での講座や研修、教室などを行っています。学生たちの教育や実習の場としても大きな役割を果たしていますし、私たちのように福祉をテーマにしている研究者にとっても、こうした実践の場がとても大事だと思っています。

 「臨床美術」は、認知症の患者さんなどに、アートを創作することで喜びを感じていただき、脳の機能を高めていただくことを目標に生み出されました。アートと聞いただけで、敷居が高いと思う方もいらっしゃるかもしれません。しかしここは、「アートは特別な才能を持った人だけのものではない。競争主義の芸術ではなく、共に生きる芸術を」という考えに基づいて運営されています。本来、アートは「正しい・間違っている」
といった判断から解放された、自由な「魂の表現」なのです。

 臨床美術ではアートの本質にチャレンジできるように熟考されたプログラムを提供しています。たとえばリンゴの絵を描く際は、対象であるリンゴを見るだけでなく、触ったり、匂いをかいだり、味わったりして、まず全身の感覚を通して実感します。その上で、知識と技術を持った「臨床美術士」と一緒に、楽しみながら絵を描き始めるのです。リラックスした雰囲氣の中で、五感に刺激を受け、集中しつつも心が解放されていきます。その状態で作品をつくることで、自分の中に潜んでいた能力や意欲が引き出されるのです。

 創作の過程は、選択と決断の繰り返しです。参加者自身の意識も能動的になり、喜びや生命感が溢れてきます。だからこそ脳が活性化され、その人ならではの表現が生まれます。そして完成した作品が心から褒められることで、自分に自信を持つことができるようになるのです。

美術・福祉・医療が手を取り合う

 日本で、認知症の人たちに対する美術活動を本格的に始めたのは、1948年に生まれた彫刻家の金子健二氏です。1977年、金子氏は造形教室を設立し、心から美術を楽しむことを目的とした教育を行いました。最初は子どもたちが対象でしたが、評判が広がり、やがて大人も参加するようになります。

 スタッフの家族が認知症を発症したことをきっかけに、96年、金子氏は認知症の人たちに対する美術活動を始めました。絵やオブジェなどの作品を楽しみながらつくることは、脳を活性化させ、症状の改善につながるはずだと考えたのです。脳神経外科医や、認知症の人を介護しているご家族を支援する専門家らの協力も得て、この試みは大きな成果を上げました。ご本人が創作の喜びに満たされ、様々な機能を回復させただけではありません。患者さんの変化に、ご家族も大いに勇氣づけられたのです。

 金子氏の活動は反響を呼び、医療と福祉の分野に、理解者と賛同者が急速に広がりました。認知症患者の診療で有名だった「国立精神・神経センター武蔵病院(現在の国立精神・神経医療研究センター病院)」に、認知リハビリテーションの一環として導入されたのは99年です。その翌年、この活動を「臨床美術」と名付け、日本臨床美術協会を設立しました。現在では、同協会の認定資格である臨床美術士の養成に、東北福祉大学、東京藝術大学、京都造形芸術大学など多くの大学が取り組んでいます。

 私はかつて米国の大学で美術を学んでいました。毎日ひたすら絵を描く生活を続けていたのですが、ある時、自分が世の中
のつながりから全く切れてしまっているような氣がして、言葉にすると恥ずかしいですが「美術を人のため、世の中のために役立てるにはどうしたら良いだろうか」と本氣で考えるようになりました。

 帰国後、私は金子氏の下で働いていましたが、1998年に東北福祉大学が、人間の感性を呼び覚ますことで豊かな福祉社会を築こうという考えで「感性福祉研究所」を設立した際に仙台に移り、研究員として勤務しながら大学院で学びを進めました。

 金子氏は惜しくも2007年に亡くなりましたが、その後も研究は続けられ、2009年には臨床美術学会が創設されました。臨床美術は、今では国際的にも注目を集めています。毎年開催されている学会大会には、国内だけでなくフィンランド、中国、韓国などからも参加者があり、今年は11月に広島県立美術館で開催される予定です。

震災の被災者にアートの力を

 医療や福祉の現場には、臨床美術以外にもアートや創作活動が取り入れられています。医療の場では、以前から芸術療法(アートセラピー)が行われてきました。その多くは主に心理療法的なアプローチだと言えるでしょう。これに対して表現そのものを楽しむ臨床美術は、もっとアート主体のアプローチだと言うことができます。どちらのアプローチも意義があります。

 福祉施設でも、高齢者に塗り絵や貼り絵などをしてもらっている所は少なくありません。しかし機能訓練として評価される内容が多く、質の高い創作のプロセスと喜びも提供するにはどうしたら良いかに悩んでいる施設職員も多いようです。

 また学校における図工や美術の教育との比較で言えば、臨床美術は、いわゆる優劣の評価から自由であるという特徴を持っています。教育現場での先生方のご苦労は承知していますが、図工・美術の評価で傷ついた経験を持つ方も少なくないでしょう。そうした方にも、そして「一度も絵を描いたことがない」とか「頭が固くなってしまって」という高齢者の方にも、臨床美術では楽しくアート作品をつくっていただくことができるのです。

 創作活動は、なぜ認知症の症状の進行抑制に効果があるのか。その効果はどの程度か。こうしたテーマについては、今も研究が進められている最中です。創作活動を楽しむことによって、脳の中の今まで使っていなかった回路が働き始め、機能が高まると考えています。

 また臨床美術は基本的にグループで行われていて、参加者どうしの会話や、個性が尊重される関係も大切な要素です。それだけに場の雰囲氣づくりには特に力を入れています。こうした良好なコミュニケーションも、脳の活性化に寄与していることは明らかでしょう。

 臨床美術には、現在では認知症を予防する効果も認められています。また、発達が氣になる子どものケアや、社会人向けのメンタルヘルスケアにも取り入れられるようになりました。私たちは今、東日本大震災の被災者の方のための教室を各地で開いています。震災から3年半を経て、多くの方は生活が安定しつつある一方で、精神的な課題が浮上しつつあるようです。「今こそアートの出番だ」という氣持ちで、この活動に力を入れています。

《仙台元気塾》仙台市青葉区国見ヶ丘6-149 東北福祉大学 雄翔館1階 電話:022-208-7791

 「仙台元気塾」の臨床美術教室では、様々なプログラムをご用意しております。JR仙山線・東北福祉大駅からの、車による送迎を利用している方もいらっしゃいますので、まずは一度お越しいただき、見ていただければと思っています。どうぞお氣軽にお問い合わせください。
 

(取材=2014年9月3日/東北福祉大学「仙台元気塾」アートルームにて)

研究者プロフィール

東北福祉大学 准教授
専攻=感性福祉 臨床美術
大城 泰造  先生

(おおしろ・たいぞう)東北福祉大学大学院 総合福祉学研究科 社会福祉専攻博士課程 単位取得後退学。修士(社会福祉学)。2001年、東北福祉大学助手に就任し、講師を経て2008年より現職。著書に『認知症を予防・改善する臨床美術の実践-美術による地域福祉・社会貢献活動の展開』(共著)。

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