研究者インタビュー

「音痴」は歌の発達途中です

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適切な練習をすれば音程が合う感覚は身につけられる

 「音痴」と言われて辛い思いをしている人は大人にも子どもにも多く、からかわれたり、笑いの種にされたりすることがあります。

 しかし実は、この語は俗語で、「音痴」かどうかの定義などできないのです。適切な練習をすれば、歌いながら音程が合っているかどうか分からない人でも、合っているかどうかがわかるようになり正しい音程で歌えるようになります。

 私は子どもの時から歌うことやピアノが大好きで、音楽大学のピアノ科に進みました。大学3年のとき、アルバイトで小学4年生の女のお子さんに初めてピアノを教えてみて驚きました。ピアノを弾きながら同じ音の高さで歌ってもらったところ、まるで音が合わなかったのです。

 小さい頃からピアノやピアノの音を聴いて楽譜に書いたりする専門的なレッスンを受けてきた私にとっては、かなりの衝撃でした。その子自身はそれほど氣にしている様子ではなかったのですが、私は「もし指導することができれば」と思い、まず本などを調べ始めたのです。

 ところが理論的な指導法が書かれたものは見つかりません。それでもその女の子のお母さんに自分からお願いして、ピアノの時間以外に、歌の指導をさせていただくことにしました。そして1年ほど試行錯誤を繰り返した結果、少しずつ正しい音の高さで歌えるようになったのです。感激しました。「もっと知りたい」という氣持ちを抑えきれなくなった私は、このことを研究テーマとして追究したいと思うようになりました。

決め手は「内的フィードバック」だった

 大学4年生時には、6カ月の男の赤ちゃんがいる、若いお母さんを指導する機会を得ました。紹介してくださった先生と、初めてお宅にうかがった時のことです。目を覚ましているのに赤ちゃんがニコニコしながらとても静かなものですから、今考えてみるととても無知でお恥ずかしいのですが、私は「手のかからない良い子だな」と思ってしまいました。ところがお母さんと話すうちに、2カ月ほど前から赤ちゃんが「あー」などの喃語(なんご)を話し始めたのに、お母さんがそれに応答してあげていなかったということが分かったのです。

 同行した先生は激しく怒りました。赤ちゃんが外界に発する声に対してお母さんが応えてあげる、さらにそれに赤ちゃんが応える。そんなやりとりは、言葉を覚えるだけでなく、感情を育て、人とのコミュニケーションの喜びを学ぶ原点だったのです。そして、赤ちゃんにとって音楽との大切な出会いでもあります。

 するとお母さんは、自分の「音痴」がうつったら困るから歌を歌ってあげることはできない、だから控えているのだと言いました。わが子が「音痴」になることが心配で、語りかけることにまで影響しているお母さんがいるとは、当時の私には全く考えられませんでした。

 その後の訪問では1回目も2回目も、お母さんは過去における歌にまつわる苦い経験をお話しされました。小学校の音楽の授業でいかに恥をかかされ、苦しめられたか。成長してからも、人前で歌わなければならない場面をどれだけ恐れたか。お母さんにとっては、大人になってからも「音痴」が根深いコンプレックスだったのです。

 歌って音程を合わせる練習をしてみると、お母さんは音程が合っている時でも自信が持てないようでした。「自分で歌いながら音程が合っているかどうかを認知すること」を、私は“内的フィードバック”と呼んでいるのですが、このお母さんについても “内的フィードバック”ができるようになることが重要でした。

 そのための丁寧な指導を継続するうちに、お母さんは自分自身で歌いながら音が合っているかどうかがわかるようになり、徐々に、レッスン中に扱っていない曲をご自分から練習されるようになりました。自分で歌いたい曲を選んで歌い始める時期を、私は「自発的行動期」と呼んでいます。自立の時ですね。

 私はこのお母さんから、とても多くのことを学びました。特に、「音痴」は音楽や教育の問題だけに留まらないことを痛感しました。そこで総合大学の大学院に進み、修士課程、博士課程共に、「音痴」克服をテーマに学位論文としてまとめました。

大切なのは誰かに届けようとして歌うこと

私は小学校の体育で、逆上がりができなかったという苦い思い出があります。しかし大人になって、人前で逆上がりをする場面には遭遇しません。一方、歌については「恥ずかしいから同僚とカラオケに行けない」「歌のマイクが回ってくるからバス旅行には参加できない」とおっしゃる方にたくさんお会いしました。

 そうした方々を指導する経験を重ね、8年ほど前からは、子どもの「音痴」克服のための指導に関する研究に取り組み始めました。子どもたちの上達の早さには、今も驚きの連続です。また子どもたちが自信を持って歌えるようになると、その子どもと音楽との関わり方、親子の関係まで良くなるという事例もありました。今は宮城教育大学で、将来幼稚園の先生、小中高等学校の先生になる学生たちを指導しています。

 私は《荒城の月》の作詞で有名な土井晩翠が卒業した仙台市立立町小学校の卒業生です。父の転勤に伴い、小学校の6年間を東北で過ごしました。特に仙台がお氣に入りで、関東に戻ってからも、中学生の頃の文集では仙台への想いを書いておりました。宮城教育大学の教員募集を知って応募し、縁あって赴任したのが2011年の1月です。2カ月後に、東日本大震災が起きました。

 仙台市立東六郷小学校は津波の被害を受け、約20名の全校児童が、今も六郷中学校を間借りして授業を受けています。私は大学院生たちとこの学校との交流を続けています。院生全員で音楽の授業を実施させていただいたり、卒業式でBGMを演奏させていただいたりしております。小学校では通常、音楽の授業は先生一人で行うと思うのですが、先生方にリクエストをお聞きしながら、今年は院生6名が協力して、生演奏を中心とした授業プランを練り上げました。毎回の実践を子どもたちだけでなく、先生方が喜んでくださり、何より先生方から具体的なご助言、ご指導もいただき、大学院生たちにとっても私にとっても、この上ない学びの機会になっています。いつも温かく迎えてくださる子どもたちや先生方には感謝の氣持ちでいっぱいです。

 さて、私が千葉県のある小学校で継続的に行った調査では、小学校6年生のおよそ4分の1は、音が合っているか分からないままで歌っていました。また過去に私が実施した調査で、教員養成系の大学生に尋ねたところ、約45%の学生が自分を「非常に『音痴』」もしくは「少々『音痴』」だと思っていました。大学で私が学生たちに伝えている「音痴」克服のための指導方法は、ぜひ、彼らに就職先の小中学校で活かしてほしいと思っていますし、今年度からは、教員免許の更新講習でも、現職の先生方に指導法をお伝えする予定です。

 「歌いながら自分が発した声の音程が合っているかどうかがわからない」つまり“内的フィードバック”ができないのであれば、ご家族でもご友人でも結構ですので、「この人には歌を聴かれても大丈夫」と信頼できる相手をまずは探してみましょう。その際、その相手が“内的フィードバック”できることも大切です。一緒にゆっくり1音ずつ歌いながら、同じ音の高さで歌う感覚を身につけていきます。1音ずつ、音の高さが合っているかどうかを確認すること、さらに高さが合わない場合は、合わせられない方の音の高さに逆に合わせてあげる、そして同じ音の高さで歌っていることを実感させる、そのプロセスが重要です。

 しかし誰かに届けようとして歌うことの大切さに比べれば、音程の正しさは小さな問題に過ぎません。声、そして歌声は、それぞれの人が持っている本当に尊いものだと思うのです。皆さんが、お子さんやお孫さんに歌を歌ってあげたり、ご家族やお仕事の仲間と一緒に歌ったりすることを楽しまれるのを、心から願っています。

(取材=2014年8月25日/宮城教育大学 小畑研究室にて)

研究者プロフィール

宮城教育大学 教育学部 准教授
専門=音楽教育学
小畑 千尋 先生

 (おばた・ちひろ)東京音楽大学音楽学部ピアノ専攻卒業。千葉大学大学院教育学研究科修士課程、東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。東京音楽大学非常勤講師、東京成徳大学准教授を経て、2011年より現職。著書に『「音痴」克服の指導に関する実践的研究』(多賀出版2007年)など。

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