研究者インタビュー

土壌の中の生き物たちに学ぶ

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農場で過ごした青春時代の10年間

 草地は「くさち」と読まれる方が多いと思いますが、私たち研究者は「そうち」と読みます。私は草地について研究し、ダニのことを調べ、土壌で暮らす生き物たちに学んできました。現在はファームビジネス学科の学科長で、この太白キャンパスから8 kmほどのところにある大学附属農場の農場長も兼務しています。

 私が生まれたのは福島市の松川町です。実家には田と畑がありますが、農家ではありません。子どもの時から虫が大好きで、やがて生き物全体に興味が広がったことから、東北大学の農学部に入ります。4年生の卒論研究から、宮城県大崎市にある附属農場での研究生活が始まりました。現在の「川渡(かわたび)フィールドセンター」です。

 農場には広い牧草地があって、牛の放牧が行われています。私が最も興味を持っていたのは虫です。バッタによる牧草の食害にも興味がありましたが、主に家畜の血を吸う「外部寄生虫」のマダニを研究対象に選び、研究テーマは「永年放牧地におけるダニ生息密度と環境条件」としました。

 農場の大正時代に造られた宿舎に暮らし、牧草地と研究室を往復する毎日です。学部を卒業した後も大学院に進み、さらに大学に残って助手になりましたから、青春時代の10年間は農場で過ごしました。川渡には温泉があり、鳴子温泉もすぐ近くですから温泉は楽しみのひとつで、春は山菜を、秋はキノコ狩りを楽しみ、テレビはほとんど見ませんでした。1980年代後半の日本のバブル経済は私には何の関係もなく、たまに友人が訪ねて来ると、全く話がかみ合いませんでした(笑)。

 本格的に土壌性ダニの研究に取り組んだのは、大学院を終えてからです。第一人者である横浜国立大学(当時)の青木淳一先生に連絡を差し上げてご指導をいただき、20年前には半年間、内地留学という形で直接師事させていただく機会を得ました。

 「昆虫が好き」という人はいても「ダニが好き」という人はまずいないでしょう。ダニは昆虫ではなくクモの仲間ですが、様々な昆虫がいるようにダニもきわめて種類が多く、まだまだ名前がついていないものがたくさんいます。家畜に寄生して血を吸うマダニは人にも寄生しますし、伝染病を媒介することもあります。しかしダニの全てが有害なわけではなく、全体から見れば無害な種類の方がずっと多いのです。

 有害なダニを捕食してくれるありがたいダニもいれば、土壌中に住んで落葉などを食べ、生態系の中で「分解者」としての役割を果たしているササラダニという種類もいます。私はそれらの中で、川渡時代はマダニを、その後は主に「土壌性ダニ類」のササラダニという、土の中で生活するダニを研究してきました。

地球の土壌は生きている

 土壌動物学の対象は、植物や菌類を除くあらゆる生き物たちです。ミミズのような大きなものは例外で、ほとんどは小さ過ぎて、ふだんは目に留まりません。しかしたとえば芝生などでは、靴片方ほどの「一足(ひとあし)の広さ」の土の下に1,000匹から2,000匹、多ければ4,000匹にも及ぶ生物がいて、そのほとんどは深さ10 cm以内に暮らしているのです。

 観察のために土壌から生き物たちを取り出す装置を「ツルグレン装置」と言いますが、小学校に呼ばれて話をする時には、子どもたちに紙でその簡易版を作ってもらいます。カレンダーでロウトを作り、ざるを置いてその中に土を入れます。1日経つと、下に落ちてきた生き物たちの多さに、子どもたちは大喜びでした。

 私たちがふだん見ているのは地上の空間です。そこには多くの動植物が生活していて、食べたり食べられたりという食物連鎖が存在しています。しかし本当は地面の下にもたくさんの生き物たちがいて、動植物の死骸などを分解して無機物に変え、それをまた植物が取り込んで成長することで地球の物質が循環しているのです。

 ですから土壌の中を知り、生物の多様性を維持することなしには、環境問題や温暖化問題への取り組みもありえません。「生産者」である植物や「消費者」である動物だけでなく、土壌中の生き物たちという「分解者」がいるから生態系が成り立っていること、そして土の上と下とが密接につながり合っているからこその地球なのだということを、ぜひ知っていただきたいと思います。青木先生は生態系の中の「消費者」について、食べたものを消化してフンをする働きから「分解者」と考えることもできるとおっしゃいましたが、今後はこうした視点も必要なのではないでしょうか。

 また私は、有機物が存在し、生物の相互作用があってこそ土壌だと言えると考えています。ですから月や火星には、土はあっても土壌はありません。土壌は生きているのです。

 農業は土壌を作物生産との関係に限定して考えますから、生産効率を追求して行けば、土がいらない水耕栽培で野菜を作ることもできてしまいます。しかし土なしで生活が成り立つ生物は、地球にはほとんど存在しません。

 日本は多雨にもかかわらず、山で森林が水と栄養分を貯め、それを水田で適切に用いたり流したりすることで良質な土壌を保ってきました。気仙沼市の唐桑では海のカキを養殖する方々が、「森は海の恋人」という言葉を掲げて植林活動を続け、山と川と海が織りなす生態系を守っています。人間がどのような形で自然に向き合えば良いのかを、私たちは伝統的な農法や暮らしに、もっと学ぶべきなのかもしれません。

右:宮城大学・坪沼農場(仙台市太白区)〈宮城大学Webページより〉

南三陸町で羊肉のブランド化に挑む

 そして、草地で落葉などを分解してくれるササラダニなど、土壌中の小さな生き物たちも私たちに多くのことを教えてくれます。その土壌に、どんな生き物がどのような組み合わせと割合でいるのかを「土壌動物相」と言いますが、その変化を調べることも私たちの研究テーマです。

 2011年の東日本大震災では、津波に襲われた沿岸部で土壌動物相に急激な変化が起こりました。津波が運んで来た土に覆われてしまった所、海水をかぶった所、津波を免れた所を比べ、回復状況や今後の見込みなどを調べています。その結果、被災地でも半年ほどで多くの土壌動物が見られるようになり、1年もするとだいぶ回復していました。自然の治癒力は思っていた以上に高かった、というのが実感です。

 南三陸町の復興には研究室として関わっています。町は品質の良いワカメの産地ですが、これまで芯の部分は廃棄されていました。これを羊の飼料にすることで、ミネラル分を多く含むおいしい肉をブランド化しようとしています。またオーストラリアの塩分を含む土地に育つソルトブッシュという植物を栽培して混ぜたり、発酵させてエサにしたり、などをしてみました。

 肉質については手応えが得られつつありますが、コストや安定供給の問題はこれからです。南三陸町や首都圏のメンバーと一緒に、将来は観光牧場でレストランを開くというプロジェクトをぜひ成功させたいと思います。また、町ではかつて養蚕が盛んだったことから、蚕の餌である桑の葉などを鶏に与えることで、卵の品質向上を図る研究も進行中です。

 これまでは海に廃棄したり、エネルギーを使って処分したりしていたものを自然のサイクルの中で資源化できれば、震災復興だけにとどまらない大きな意義があるはずです。事業化には試行錯誤が避けられませんし、必ず成功すると言うこともできません。しかし研究では、自分でやって確かめようとする姿勢そのものが、何よりも大切なのです。

 今から2年前、フタトゲチマダニというダニがSFTSウイルスを媒介することで起こる、危険な感染症が話題になりました。私は「放牧地に多い種類のダニだが、市街地の公園は大丈夫だろうか」と考え、実際に仙台市内の公園およそ200カ所を調査し、少数ながらそのダニを確認しました。公園での調査中には、ずいぶん怪しまれもしましたが(笑)。

 関心を抱いたことは知識だけに頼らず、自らの目で観察し、自らの手で調べてみること。細部だけに目を向けず、全体を見ようとすること。思い込みを排し、他人の考えや意見に耳を傾けること。研究で私が心がけているこうしたことは、市民の皆さんにとっても、「学び」に際して大切なことだと考えています。
 

(取材=2015年3月3日/宮城大学太白キャンパス北研究棟3階 草地・土壌動物学研究室にて)

研究者プロフィール

宮城大学 食産業学部 大学院食産業研究科 教授
専門=草地・土壌動物学
大竹 秀男  先生

(おおたけ・ひでお)1956年福島県生まれ。東北大学農学部卒業。東北大学大学院農学研究科博士後期課程修了(農学博士)。東北大学助手、宮城県農業短期大学講師、同助教授等を経て、2005年より現職。

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