研究者インタビュー

土壌学から環境の問題を考える

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東北大学大学院 農学研究科 教授
専門=土壌立地学
南條 正巳 先生

世界が土に目を向ける国際土壌年

 実家は大崎地方の農家で、私は長男です。農業を勉強しようと大学に進み、研究職に就きました。今、農地は貸して耕してもらっていますが、土日は年に数回、地域が共同で管理する土地の草刈りなどをしています。

 1960年代にはレイチェル・カーソンの『沈黙の春』が、70年代には有吉佐和子の『複合汚染』が話題になるなど、かつて農薬の害が大きな問題になりました。父も農薬を使う作業の後で体調を崩したことがあり、家族としても無関心ではいられません。学部と大学院では、除草剤と同様の機能を果たすことを目指した植物ホルモンの研究を行いました。

 修士課程を終えた後、研究職として農林水産省に就職します。そこで土壌の研究室に配属されましたが、子どもの頃から土は身近な存在でしたし、研究を始めてみるととても興味深く、そのまま土壌を専門にすることになりました。農薬の研究はほとんどが屋内でしたが、今度は野外に出ていって土壌のサンプルを採取し、分析をする日々です。「これは健康的だな」と思いましたね(笑)。

 農業分野の研究は公的機関で行われることが多く、かつては農林水産省と大学との間の人的交流も今より盛んでした。農林水産省の研究所で12年間勤めて博士論文を書かせていただき、その後東北大学に戻ってきました。

 土は身近な存在ですが、あまりに身近すぎて、ふだんは意識に上らないという方も多いでしょう。しかし氣候が違えば土も全く違いますし、生物にとってはきわめて重要な環境要因です。講義では学生に「飛行機に乗ったら、空から土の色や植物の生え方をよく見なさい」と言っています。

 土は大氣、水、光などと共に生態系を構成していますが、その成分は非常に複雑で多様です。土壌学ではその複雑な中に法則性を見つけ、望ましい方向に管理することを目指しています。私の専門は土壌立地学ですが、他に土壌物理学、土壌化学、土壌生物学などがあり、肥料学や植物栄養学が近接分野です。2012年までの3年間は、日本土壌肥料学会会長を務めました。

 今年は「国際土壌年」です。一昨年の国連総会で、今年を国際土壌年とし、12月5日を世界土壌デーとする決議文が採択されました。食料、材木、綿などの生産を発展させるためには土を良い状態に維持する必要があり、そのことが世界における貧困の撲滅や、環境の保全、経済の成長につながるというのが決議文の趣旨です。この機会に日本でも、多くの方に土壌や土壌学に興味を持っていただければと思っています。

畑の黒土は最初火山灰だった

 火山国である日本の土壌の特徴は、火山灰からできた土が大きな割合を占めていることです。その面積は国土のおよそ16%で、東北地方の山地の火山帯とその東側、北海道南部、関東地方、中部地方、九州の中南部に多く分布しています。

 最初白っぽかった火山灰も、100年くらいでしだいに黒い土へと変わります。この土壌化に伴う元素組成の変化が、私の研究テーマの一つです。ケイ素などの濃度が下がる一方、アルミニウムなどの濃度は上昇します。なので、「黒ボク土(くろぼくど)」と呼んでいます。

 土の中で動植物が分解されてできる黒っぽい有機質を「腐植」と言いますが、この「黒ボク土」は腐植を多く含んでいるのが特徴です。この土は自然のままでは肥沃度が低く、作物を育てるのに良い土ではありません。しかし施肥によって改善されることから、戦後は土壌改良が進み、今では畑に最適な土として知られるようになりました。

 作物がよく育つ土壌には植物に欠かせない十種類以上の元素が適度に含まれていて、中でも窒素、リン、カリウムは重要で、「肥料の三要素」と呼ばれています。いずれも自然の土では不足氣味で施肥が有効ですが、このうちリンは世界の資源量に限りがあり、モロッコや米国のフロリダなどにしかまとまって存在しません。日本は現在、全量を輸入に頼っています。

 また、施肥された窒素とカリウムが40%ほど作物に吸収されるのに対して、リンは5%から20%しか吸収されません。リンの多くは土の中の物質と反応して残ってしまうのです。どうすれば土の中のリンを活用できるのか、また作物がリンを吸収する割合をどうすれば増やせるのか。これが私たちの研究室で現在取り組んでいる大きなテーマです。

 土の中のリンについては、水田に水を張っている間は、リン酸第1鉄の結晶ができていることが最近分かりました。しかし田の水をゆっくり落す間にほとんどが溶けて失われてしまうため、取り出して利用することは困難です。工夫を重ねたところ、土壌の細かい粒の部分をあらかじめ分けておくことで、篩(ふるい)にかけてすばやく乾かすと結晶を取り出せることが分かりました。土から効率的にリンを回収することができるようになれば、リン肥料の再利用という課題に道が開けることになります。

 また、まだあまりリンがたまっていない黒ボク土に粒状のリン肥料を入れると、アブラナ科の作物とソバは、それに根を絡み付けることが分かりました。アブラナ科のダイコンは特にこの傾向が強く、顕微鏡でその様子をはっきりと確認することができます。根が絡み付くことでリンと土との反応が抑えられますし、土を経由せずに直接吸収されることで、利用率が2倍から3倍ほどに向上します。畑作物がリン肥料を吸収する効率を向上させるための、大きなヒントになりそうです。

左:拡大して見る「リン酸第1鉄の結晶」

土壌の環境保全機能にも注目

 戦後の日本では食料の増産が進められました。1940年代後半から60年代にかけては肥料の効果で毎年数%ずつ収量が向上し、これによって日本人の生活基盤が維持されるようになったのです。

 70年代には生産調整が始まりますが、新たに別の課題も見えてきました。農薬問題もそうですし、行き過ぎた施肥によって雑草も盛んに生えるようになったり、肥料の影響が畑地の外にまで広がったりしたことも大きな問題です。

 窒素やリンが沼や湖に流れ込むと、いわゆる「富栄養化」が起きて、生態系に大きな影響を与えます。藻類が増えると、死んだ藻類を分解するために水中の酸素が大量に消費されてしまい、人間にとって重要な魚類が減ってしまうなどの弊害が表れたのです。

 こうした問題に対しては、肥料の表面をコーティングし、徐々に効果が表れるよう調節するなどの工夫がなされました。また現在は10項目ほどの土壌診断を行って、不足している要素を入れる方針になっています。

 かつてのように単に収量を上げるのではなく、環境の全体を考え、物質の循環に氣をつけて土壌の管理を行うことが重要になったのです。その意味では、成分を調節した堆肥が優れていますし、田に稲わらをすき込むなど循環的な農法の評価も行われています。こうしたことを含めて土壌の環境保全機能も、これからの重要なテーマです。

 2011年の東日本大震災では、津波に襲われた農地に海の塩分が残りました。しかし降雨によって塩分が低下したところもあり、除塩も行われ、行政の統計ではおよそ8割の農地が回復したとされています。ただし地盤沈下が起きたところは今でも厳しい状況で、干拓地を作るような大規模な対策が必要です。

 東京電力福島第一原発の事故による、放射性セシウムの問題もあります。宮城県では、ふつうに耕した土壌でほぼ耕作が可能です。ただ、福島県では今も厳しい状況が続いている所があることを忘れてはなりません。

 教育や研究は専門ごとに細分化されていますが、それを行う人間は総合的な存在です。そして土がそうであるように、私たちの身の回りにあるものも、多くは総合的な存在なのです。「科学」を、分かれているものではなく総合的なもの、様々なものが相互に関連しているものと受け止めることができれば、氣がつくことも増え、より楽しめるのではないでしょうか。もっと簡単に言えば、「え、どうして?」と驚く瞬間を大切にしていただければと思います。

(取材=2015年2月20日/東北大学雨宮キャンパス第1研究棟4階・土壌立地学研究室教授室にて)

研究者プロフィール

東北大学大学院 農学研究科 教授
専門=土壌立地学
南條 正巳 先生

(なんじょう・まさみ)1953年宮城県生まれ。東北大学農学部卒業。東北大学大学院農学研究科修士課程修了。農学博士。農林水産省の農業技術研究所、農業環境技術研究所、東北大学農学部助教授を経て、2001年より現職。一般向けの著書に『今を生きる 5 東日本大震災から明日へ!復興と再生への提言 自然と科学』、『菜の花サイエンス 津波塩害農地の復興』(ともに共著)など。

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