研究者インタビュー

シンプルで合理的なデザインが表す北欧哲学

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フィンランドに魅せられて

 もともと絵を描いたりモノを作ったりするのが大好きな子どもでした。工業デザイナーという仕事があることを知ったのは、高校で先生に教えられたからです。「クリエイティブで堅実だ」と思い、千葉大学工学部の工業意匠学科に入り、さらに修士課程に進んでデザイン工学について学びました。

 学生時代、私がもっとも意識していたのはイタリアのデザインです。当時の日本で人氣があったのは南欧やアメリカの工業デザインで、北欧はまだそれほど注目されていませんでした。

 デザイナーとしてキヤノンに就職し、コピー機をはじめとするOA機器のデザインをする部署に配属されました。工業デザインでは、目を引く装飾や斬新な意匠よりも機能美を追求します。操作のしやすさや使い勝手の良さを大切にするわけですが、実際に企業で製品をデザインする中で、学校では学べなかった多くのことを知ることができました。

 まず、OA機器の外装はプラスチックの射出成形技術によって製造されますから、その知識に基づいてデザインする必要があります。またキヤノンという企業のアイデンティティ、つまり個性や統一感も、デザインで表現しなければなりません。もちろん商品である以上、量産に向くことやコストも重要です。

 デザインの仕事は、頭で考え出すこと、あるいは紙やモニター上に図面を描くことだと思われがちです。しかし特に工業デザインは生産技術と切り離すことができず、表現と技術が一体化しています。そうした仕事をする中で、より広く、さまざまな製品を手がける「プロダクトデザイン」への関心が高まりました。食器やスプーン、フォークなどの、いわゆるテーブルウェアがその一例です。

 色々と調べるうちに、次第にフィンランドをはじめとする北欧のデザインに魅かれるようになります。1993年、新婚旅行の行き先には北欧を選びました。妻も建築関係のデザイナーで、実はこの分野では、北欧のデザインは既に世界的な評価を得ていたのです。

 旅行の前に、思い切ってヘルシンキ芸術デザイン大学に打診したところ、見学の許可をもらうことができました。驚いたのは学内の制作環境、つまり工房が充実していたことです。「いつかはここで学びたい」という思いが募り、5年後、会社を退職して留学することを決意しました。

 私が2年間通ったのは、セラミック/ガラスデザイン学科です。日本で仕事にしていたOA機器では、内部の仕組みに手をつけることまではできませんでした。しかしテーブルウェアなどであれば、企画から製造までのほぼ全てのプロセスに関わることができます。日本で陶磁器を手がけたことはありませんでしたが、フィンランドでは、もっとも興味を抱いたセラミックを一から学ぶことにしました。

シンプルで合理的で温かい

 北欧デザインの第一の特徴は、シンプルで合理的なところです。コーヒーカップでも椅子でも余計なものを省き、削ぎ落して“ミニマリスティック”なモノを作り出してきました。

 しかし実際に用いると、どれもが温かみを感じます。それは形だけでなく、素材や製法など、あらゆる面に配慮が行き届いているからです。長く使うほどに、「使う人に幸せになってほしい」という、作り手の優しさを感じるに違いありません。

 フィンランドを代表するデザイナーとしてまず名前が挙がるのが、アルヴァ・アールト(1898-1976)でしょう。北欧の風土と伝統を活かしながら機能性を追求した建築デザインは特に有名で、家具の意匠等でも優れた仕事を遺しました。フィンランドには彼が設計・内装を手がけた建物や、デザインした製品を販売する店が数多くあります。

 またカイ・フランク(1911-1989)は、世界的な人氣を誇る陶器メーカー「アラビア」のデザインを主導した人物です。陶器だけでなく、ガラスでも大きな業績を上げました。企業の経済活動にしっかりと寄与しながら、人々の生活を豊かで楽しいものにしようとした姿勢は、日本を含む各国のデザイナーに大きな影響を与えました。

 ヘルシンキ芸術デザイン大学で私は、「アラビア」で石膏職人として働いていた、エーロ・コスケラ氏の指導を受けることができました。セラミック製品のデザイン検討の際には、原型や成形型を石膏で作るのが一般的です。この石膏型を自分で作れるようになろうと習いました。彼の精巧な技術には遠く及びませんでしたが、自分の手を使って形を考えることの大切さを学べたと思います。後に私がデザインした皿を製品化した際には、彼に石膏型の作成をお願いしています。

 希望通りセラミックの工程を学んだ2年間の留学の後、さらに5年間をフィンランドに暮らしました。同行した妻も照明デザイナーとして働き、私はキャンドルホルダー等のセラミック製品を企画、デザインし販売する活動をしていました。ときには、商品見本を詰め込んだ重いキャリーバッグを引いて、フィンランドだけでなくスウェーデンにも足を伸ばして販売店を回ることもありました。大変でしたが、お店の人たちや購入してくださった方々との交流から学ぶことは多く、楽しく充実した日々でした。

梅田先生デザインのキャンドルホルダー

フィンランドと日本の共通点

 フィンランドで私が最初に氣づいたのは、市民のデザイン意識の高さです。特に学校や病院、駅や空港、公園などの公共空間のデザインを、人々は行政や専門家任せにしません。実際に使う自分たちのことが考えられてデザインされているかを厳しくチェックします。

 一般市民がデザインに詳しい理由として、身の回りの物を自分で工作するDIYが普及していて、しかもそのレベルが高いということがあると思います。中には自分で家を建ててしまう人もいます。

 デザイナーの地位は高く、アルヴァ・アールトが都市計画に参画したときは、大統領とじかに話し合うこともあったと聞いています。政府も「デザイン立国」を目指して、デザイン教育や関連産業の振興に力を入れてきました。ヘルシンキは国際インダストリアルデザイン団体協議会によって、2012年から14年にかけての「世界デザイン首都」に選ばれています。

 寒冷で木材以外の資源に乏しいフィンランドの人々は、ずっと質素に暮らしてきました。しかしその中でも、毎日を心豊かに暮らそうと知恵を働かせ、シンプルで合理的な高い水準のデザインを生み出してきたのです。また厳しい自然の中ではぐくまれた互いを思いやる氣持ちが、使う人のことを考え抜いたデザインにも表れていると言えるでしょう。

 息子はフィンランド生まれなのですが、この春、彼の小学校卒業に合わせて、家族でフィンランドを再訪しました。10年前に帰国して以来です。学校を見学させてもらったのですが、担任の先生が「せっかくだから予定の数学はやめて日本の文化を学びましょう」と言い出し、息子の方も生徒たちと交流する貴重な経験ができました。教育に力を入れているフィンランドでは教員の地位も高く、このように授業の運営もかなりの部分が個人の裁量に任されています。また、大学院を出ていないと教職に就くことはできません。

 一方でフィンランドと日本には、共通点も少なくないようです。日本の伝統的な美意識では、装飾的な美しさだけでなく、シンプルな美しさにも価値を認めます。2009年、私は宮城県大崎市の、鳴子漆器と木地玩具を融合させた「NARUKO」というブランドに関わらせていただきました。海外での展開を意識した木製のキャンドルホルダーをデザインしましたが、伝統的な技法を用いつつ、重ねることで自在に高さを変えられるなどの合理性も取り入れています。

 日本でも近年、北欧のデザインが広く受け入れられるようになりました。北欧の優れたデザインの背景には、生活や社会に対する人々の高い意識、さらに言えば思想・哲学があると思います。それを知ることは、これからの日本を考えることにもつながるはずです。そうした意味で、今これをお読みの皆さんにも、ぜひ北欧に学んでいただければと思います。
 

(取材=2015年5月29日/東北工業大学長町キャンパス 1号館4階 梅田教員室にて)

研究者プロフィール

東北工業大学ライフデザイン学部 教授
専門=工業デザイン
梅田 弘樹  先生

(うめだ・ひろき)1966年神奈川県生まれ。千葉大学工学部卒業。同大学院工学研究科修士課程修了。工学修士。デザイナーとしてキヤノン株式会社に勤務後、1998年、フィンランドのヘルシンキ芸術デザイン大学に留学。フリーランスのデザイナーとして活動し、2005年に帰国して東北工業大学講師。准教授を経て、2015年より現職。

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