研究者インタビュー

先進的な福祉や教育を支える北欧の市民意識

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デンマークのユニークな「国民大学」

 仙台大学は1995年、健康福祉学科を開設しました。介護福祉士、社会福祉士、養護教諭、そして特別支援学校の教員等を養成しています。そして海外、特に健康福祉分野で先進国とされている北欧諸国とは、積極的に交流を図ってきました。

 私は健康福祉学科が開設される2年前、準備を担当する事務職として仙台大学に赴任し、開設後は助手、講師、准教授を経て、国際交流センター長兼任の教授になりました。この3月で職を退き、今後はデンマークに移って研究を続けていきます。このインタビューは日本を離れる直前にお受けすることになりましたが、福祉や教育の仕組みに限らず、北欧の社会や市民意識についてもご紹介できる機会をいただけたことに感謝しています。

 仙台大学は2012年、研究交流や学生の交換留学を目指して、デンマークのノアフュンス国民大学、リレベルト大学の2校と国際交流協定を結びました。またバーノップ国民大学には、私自身が1年間の長期研修でお世話になり、その後も大学スタッフや学生が訪問・研修するなどしています。

 日本にはない「国民大学」については説明が必要でしょう。デンマーク語では「フォルケホイスコーレ」と言い、北欧、特にデンマークに特徴的な教育制度です。修学期間は1週間から8週間と短く、カリキュラムは学校の特色に応じて自由に編成することができます。知識や技能に偏らない全人教育が目標で、全寮制です。公立である大学とは別の私立の学校ですが、経費は最大で50%までが国費で賄われています。

 国民大学は17歳半以上であれば、年齢、国籍などを問わず誰でも入学できるため、日本を含む多くの国々から学生が集まってきます。人口が560万人ほどのデンマークに、こうした国民学校が約80校近くあることからも、国が教育にどれほど力を入れているかがお分りいただけるでしょう。

 ノアフュンス国民大学には日本人教員による日本人のクラスや、障がい者向けのコース、肥満の人向けのダイエットコースもあって、ひときわユニークです。仙台大学の学生が研修する際は、まずノアフュンス国民大学にて日本語で学び、次にバーノップ国民大学で英語の授業に参加し、第三段階でリレベルト大学において英語で学ぶ、という形で取り組み始めています。

 今後は学生がリレベルト大学で取得した単位を仙台大学の単位に読み替えたり、リレベルト大学の学生を受け入れたりするなど、交換留学制度の整備を進める予定です。また大学同士の共同研究に取り組み、国際交流プログラムや、健康福祉学科のカリキュラム構築のための研究も進めたいと考えています。

「ノーマライゼーションこそが当然」の国

 北欧諸国の社会保障制度を表す言葉としては、「高福祉高負担」または「高福祉高税」がよく知られています。しかし「保障が行き届いている代わりに税金も高い」という単純な捉え方では、北欧の福祉政策の本質を理解することはできません。私はむしろ、障がい児教育や福祉制度の基本である「ノーマライゼーション」という言葉が重要だと思っています。

 ノーマライゼーションとは、障がいがある人の生活条件を、障がいがない人の生活条件に可能な限り近づけようとする考え方のことです。「常態化」と訳すこともできますが、「自分で考え・決め・行動する」という積極的な意味が込められています。デンマークでは障がいの有無にかかわらず「市民」と表現しますが、たとえば片腕のない市民がいれば、片腕がなくても生活できる環境を整えることが社会の役割だという考えです。知的障がい者でも同じで、本人が「自分で考え・決め・行動する」ことができるよう社会が責任を持とう、という発想になります。

 デンマークでは、早くも1959年に成立した法律に「ノーマライゼーション」にあたる言葉が盛り込まれています。以来、社会的な統合と教育の機会均等を進めることで、国を挙げてその実現を図ってきました。日本でいう義務教育段階の学校では、障がいのある児童の教室と健常の児童の教室が同じ建物内にあり、障がいのある児童の教室には一般の教員とは別にペダゴーと呼ばれる生活指導教諭が配置されています。7名の障がいのある児童の教室では、ペダゴーが2、3名入ることで授業が円滑に進められるのです。ペダゴーは専門職であり、大学で3年半の教育を受けなければ資格を取得することができません。

 たしかに税負担は高いのですが、デンマークにはこうした教育や社会こそが当然だとする、国民的な合意があります。国政選挙の投票率は80%を下回ることがなく、政府や議員は、常に国民の厳しい目を意識せざるを得ません。また国民同士でも対話し、議論することが普通のことだと考えられています。こうした国民性に支えられているノーマライゼーションは、実は民主主義のあり方の問題だと言うこともできるのです。

 ノーマライゼーションという言葉は、今では日本でも広まりつつあります。1981年の「国際障害者年」を機に世界に広まり、1995年に日本政府が策定した「障害者プラン」には、「ノーマライゼーション7か年戦略」という副題が添えられました。

 しかしそれから20年が経った今も、日本の状況が大きく変わったとは言えません。学生や福祉・教育関係者とデンマークを訪問すると、ノーマライゼーションが実現している社会を見て誰もが感激します。しかし帰国してしばらくすると「日本の仕組みを変えるのは難しい」と言うのです。福祉や教育だけでなく社会や市民意識のあり方を変えていくためにも、私たちが北欧に学ぶことはまだまだ多いと言わなければなりません。

デンマーク人から見た日本人

 私は東北学院大学文学部の英文科に学んで、英語の教員免許を取得しています。恩師である先生のお手伝いで塩竈市の幼稚園に伺った際、障がいのあるお子さんを含む子どもたちと触れ合った経験が、その後の進路に大きく影響しました。

 言語とコミュニケーションへの関心が高まり、大学卒業後に宮城教育大学で言語障がい児教育について半年間学びました。さらに上越教育大学の大学院に進んで教育経営を専攻し、障がい児教育教員免許について研究します。修了後、国の研究所等の仕事を経て仙台大学に赴任しました。念願だった北欧への視察が実現したのは1997年です。スウェーデンで約1カ月間、福祉施設や学校を見学し、その後はフィンランドに短期留学する学生の引率などで、北欧諸国への訪問を重ねてきました。

 デンマークには2010年の8月から、1年間の長期滞在研修に行かせていただきました。しかし2011年の3月11日、東日本大震災が発生します。テレビで知って驚きましたが、詳しい続報はなく、大学にも実家にもなかなか連絡がつきませんでした。結果的には実家や家族に大きな被害はありませんでしたが、仙台大学では3名の学生が亡くなっています。7月までだった予定を切り上げて帰国するべきか迷いましたが、「今戻るよりも研修をまっとうし、帰国後に貢献してほしい」という大学側のお言葉に従うことにしました。

 私の夫はデンマーク人で、バーノップ国民大学の教員です。彼は日本も日本人も大好きですが、最初は不思議に思うことも多かったそうです。打ち解けるととても楽しく会話できるのに、なぜ最初は石のような表情なのかとか、街じゅうに大きな音が溢れていてなぜ平氣なのかとか。今では、日本人は静と動を使い分けることに巧みで、都市環境と自分とのバランス感覚に優れている、と考えているようですが。

 デンマークは「世界一幸せな国」と紹介されることがあります。特に子どもたちは、その多くが自分に自信を持ち、互いに信頼し合っているように見えるのは確かです。日本人がまず北欧に学ぶべきことは、自分の意見に自信を持ち、それを堂々と伝え合うことかもしれません。夫は「電車の中の日本人は身を縮めているように見える」と言いますが、私もそう思います。だから仙台大学の授業で、学生たちにはよく言いました。「まず姿勢を良くしましょう」と。

 7月には一度帰国し、東京で行われる日本学校教育学会の国際シンポジウムや、8月に開催される「国際教育シンポジウムin仙台」に参加する予定です。デンマークと日本が互いに学び合うために、これからも役割を果たしていこうと思っています。

※原則として「害」の字を使用せず「障がい」と表記いたします。

(取材=2015年5月1日/仙台大学管理・研究棟2階 小会議室にて)

研究者プロフィール

前 仙台大学体育学部教授 国際交流センター長
専門=障がい者スポーツ
高橋まゆみ 先生

(たかはし・まゆみ)1961年宮城県生まれ。東北学院大学文学部卒業。上越教育大学大学院学校教育研究科修士課程修了。教育学修士。仙台大学体育学部講師、准教授等を経て、2014年教授。2015年5月からはデンマークに居を移して研究を継続している。著書に『障害者教育の人間学』(共編著/2001年/中央法規出版)、『21世紀スポーツ大辞典』(項目執筆/2015年/大修館書店)など

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