研究者インタビュー

被災者に寄り添う立場からの復興を

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「記録筆記法」が被災者に癒しを

 被災者の心を癒すには、専門家によるカウンセリングが有効だと考えられてきました。しかし家族を失った方の中には、自分が楽になってしまうことは、亡くなった方を忘れてしまうこと、家族を失った痛みを忘れてしまうことになるのではないかと恐れている方もいらっしゃいます。「楽になりたい」けれども「自分だけが楽になってはいけない」という、相反する感情を持っているのです。そうした方にとって「自分だけが救われる」ような方法は、もう一度家族を失うことに等しく、強い抵抗を感じずにはいられません。

 ところがこうした被災者の中には、私がお願いした手記を書いたことで心の平安が得られたという方が少なくないのです。それは愛する人の死を「5W1H」に置き換えて書き、自ら推敲を加える中で、その死が必ずしも自分のせいではなかったことが確認できたり、「その死者と共に思い出し、書く」という氣持ちになれたりするからだということがわかってきました。

 こうして心の痛みを「温存」しながら書き上げた手記は、ご遺族の心のよりどころにもなっています。出版された『3.11慟哭の記録』をお届けに上がった先で、私は何人もの方から「いつでもこの本(記録)を開けたら家族が生きている」「本の中だったら(息子が)生き続けることができる」といった声をお聞きしました。私が「記録筆記法」と名づけたこの方法は、東日本大震災以外の被災者にとっても有効だと思われます。

 亡くなったはずの家族を見たり、会いにきたのが分かったり、いるのを感じたりした、というご遺族の声も、私は決して否定するべきではないと思います。家族以外でも、例えば被災地で働くタクシー運転手の中には、「亡くなった方を乗せた」と話す方が少なくありません。これは震災から4年以上経った今も死者たちのことを忘れたくないという「地域の氣持ち」の、一つの表現としてとらえるべきではないでしょうか。

 東京や被害の少なかった都市部に暮らしていると、ご遺族や、深刻な被害を受けた地域に暮らす人々の氣持ちに鈍くなることは避けられません。つい「復興を加速しよう」「5年を区切りに」といった発想になってしまいがちです。しかし被災者への想像力を失い、地域の感情や意思を無視して高台への移転や巨大な防潮堤の建設を急いでも、誰も幸せにはなれません。「もう住む人がいないから」とバス停を内陸側に移動させることが、避難先で暮らす高齢者の、「元の家の畑を耕したい」という願いを挫き、認知症を進行させることもあるのです。

 私たちは誰もが、自らの価値観や人生観、そして死生観に従って生きたいと願っています。そうであれば被災者の方々の願いにも素直に耳を傾け、その実現を図ることこそが本当の復興であり、支援なのではないでしょうか。私はこれからも「鳥の視点から」ではなく、こうした「虫の視点から」、災害について考え続けていきたいと思っています。
 

(取材=2015年11月13日/東北学院大学泉キャンパス3号館5階 金菱清研究室にて)

研究者プロフィール

東北学院大学 教養学部 教授
専門=災害社会学

金菱  清  先生

(かねびし・きよし)1975年大阪府生まれ。関西学院大学社会学部卒業。関西学院大学大学院社会学研究科博士課程 単位取得満期退学。博士(社会学)。東北学院大学教養学部専任講師、准教授を経て、2014年より現職。
東日本大震災関連の著書に『震災メメントモリ 第二の津波に抗して』、『震災学入門 死生観からの社会構想』、編書に『3.11慟哭の記録 71人が体感した大津波・原発・巨大地震』、『千年災禍の海辺学─なぜそれでも人は海で暮らすのか』、『呼び覚まされる霊性の震災学─3.11生と死のはざまで』など。

      

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