研究者インタビュー

豆の作り方から地球の未来を考える

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ダイズ栽培の難敵は鳩

 私の名前の牧衛(まきえ)には、「牧場を衛(まも)る」という意味が込められています。岩手県滝沢村(現・滝沢市)で牧畜を営んでいた、祖父による命名です。父のあとは兄が継ぎ、次男である私は牧草について学ぼうと東北大学に進みました。

 卒業後は大学院ではなく、農林水産省の機関で研究に携わりました。給料はもらえますが、研究対象は自分では選べません。最初はイネ、数年後にはダイズの研究チームに配属され、結局は牧草ではなくマメ科が専門分野になりました。

 豆類、特に大豆は、人の体に有益な成分を多く含む優れた作物です。日本産の大豆の品質は高く、宮城県の作付面積は北海道に次ぐ第2位。しかし単位面積あたりの収量ではイネなどの穀類に及ばず、農家にとっては収益を上げにくい作物です。日本では1ヘクタールあたり米が5トンから6トン取れるのに対し、大豆は2トン程度。炭水化物が主成分である穀類よりも、タンパク質や脂質を多く含む豆類は、成長に50%から60%も多くのエネルギーが必要なのです。

 ダイズの品質、栽培のしやすさ、単位面積あたりの収量などを向上させて、栽培農家を豊かにすることが、私が勤めていた研究機関の使命でした。その主な方法は「品種改良」です。何世代にもわたって交配を重ね、その結果を検証します。

 実際に栽培して確かめる必要があるため、一般の農家と同じく、鳥による食害や病害虫には悩まされました。中でも鳩は、ダイズの芽を食べ尽くしてしまう難敵です。ネットをかけたり音を出したり。カカシよりもマネキンが有効なことが分かると、デパートから中古品を購入し、農場に何体も立てました。しかし鳩も学びます。ときどき服を着せ替えないと人間でないことに氣づくので、友人から古い服をいただいては着せ替えていました。

 その後、栽培技術の普及による国際貢献を目的とした研究機関などを経て、2000年からは東北大学に移りました。主な研究テーマは3つ。豆類と根粒菌(こんりゅうきん)の関係、光合成の最大化、そして「ムダ花」の問題です。

窒素肥料は豆類に学んで開発された

 豆類は、肥料分の少ない土地でもよく育ちます。化学肥料が普及する前は、やせた畑に豆類を植え、収穫後に鋤(す)き込むことで土を豊かにしていました。日本ではダイズ、ヨーロッパでは家畜の飼料となるクローバーが一般的です。

 豆類が持つこの力の秘密が解明されたのは、今から130年ほど前でした。根にできる小さなコブの中から、空氣中の窒素を取り込んで植物に供給する細菌が見つかったのです。土の中にいるこの根粒菌にはいくつか種類があって、自分と相性の良い植物を選んで根に入り込みます。そうして窒素を供給する一方で養分を受け取るのです。

 このことから作物の成長に窒素が重要であることが分かり、現在では化学的に合成された窒素肥料が、作物の成長促進に用いられています。人間がイネやコムギの生育をコントロールできるようになったのは豆類のおかげです。ところが豆類そのものは、土の中の窒素分が多すぎると根粒菌がうまく働かず、かえって生育が悪くなります。豆類と根粒菌の関係は、実にデリケートなのです。

 次に光合成の最大化。イネ科の植物に比べてダイズの葉は大きく、しかも横に広がっています。太陽の光を受けるのには良いのですが、実はダイズは暑さに弱いのです。このため日中は葉をたれさせて、温度が上がりすぎない仕組みになっています。収量や品質を向上させるために太陽エネルギーを有効に活用するには、色々と条件を変えて試す必要があるのです。

 そして「ムダ花」。昔は「オヤジの説教とナスビの花には、千に一つも無駄がない」などと言われました。オヤジの説教はともかく、ナスの花はほとんどが実を結ぶのは本当です。ところがダイズは1株に100以上も花をつけながら、20から30ほどにしか実がなりません。これにはホルモンバランスが関係していることが分かっています。

 これらの研究結果から、日本のダイズ栽培では、単位面積あたりの収量を最大で3倍まで増やせることが分かりました。品種改良や栽培技術の向上によって多収を実現するにはまだ時間がかかりますが、理論的な道筋はつけられたと思います。一昨年、この研究成果に対して「日本農学賞・読売農学賞」をいただきました。

農業や食べ物の知識を子どもたちに

 私は専門書だけでなく、子ども向けの本の執筆にも積極的に関わってきました。私の専門は「植物としてのダイズ」ですが、そうした本では子どもたちに関心を持ってもらえるように、「食品としての大豆」についても多くを記述しています。

 10年ほど前には小学校3年生の国語教科書(光村図書)に、「すがたをかえる大豆」という文章を書きました。これも豆腐や納豆が大豆から作られることを取り上げたものです。教科書は4年ごとの更新ですが、幸い好評で3期目に入っています。

 子どもに合わせた言葉や表現を選ぶのは大変です。しかし私はこれらの仕事に、強い危機意識を持って取り組んでいます。

 今の子どもたちの多くは食料の生産現場に触れることなく育っていて、スーパーに並んでいる食品を、どこかの工場で作られていると思っている場合も少なくありません。しかし加工食品も土や水、太陽などの力で育った作物が原料になっていますし、それらを栽培したり加工したりする人の働きがあって、はじめて私たちの口に入るのです。食べたものは私たちの体を作り、排出後も姿や形を変えながら地球の中で循環しています。日本の農業や地球環境が危機に直面している今、私は子どもたちに、こうしたことをぜひ知ってほしいのです。

 教科書の掲載文も、国語教材としての目的は説明文としての構成を読み取ったり、さらに詳しいことを調べて発表したりすることです。しかし私は自分が食べている食品や、日本の優れた食文化にもっと関心を持ってもらいたいという願いを込めて書きました。最後を「大豆のよいところに気づき、食事に取り入れてきた昔の人々のちえにおどろかされます。」という言葉で結んだのはそのためです。

 大豆の用途は食品だけではありません。むしろ食用油の原料用がもっとも多く、油をしぼったあとも、醤油などの原料、家畜用の飼料、肥料などに使われます。日本は現在ほとんどを輸入に頼っていて、自給率は10%にも達していません。かつて輸入は中国からが多かったのですが、現在は米国が最多で、ブラジルやカナダが続いています。

 今は輸入国となった中国をはじめ、食用油の需要は世界的に増加しています。輸出国はより高く売ろうとしますし、不作に見舞われることもあるでしょう。また私たちの目の届かないところで、危険な農薬が使われている可能性も否定できません。

 そして今では除草剤に強い「遺伝子組み換えダイズ」が、日本以外の国での多数派になっています。健康への影響に不安を持つ人が多い日本では、栽培はほとんど行われていません。豆腐や納豆の原材料も多くは輸入品ですが、これらには遺伝子組み換えかそうでないかを表示する義務があります。しかし食用油や醤油では義務づけられておらず、実際、食用油には遺伝子組み換え大豆を使っている場合がほとんどです。健康への影響については、今の段階では何も確かなことは言えません。しかし生態系への影響は既に広がっていて、交雑による「除草剤に強い雑草」などへの対策に追われ始めています。

 今年は「国際豆年」です。この機会に豆という身近な食べ物から、栄養や農業、国際関係や歴史などへ、学びを広げてみてはいかがでしょうか。勉強は一人でするだけでなく、ご家族やお仲間と一緒だとより楽しめますし、続くはずです。たとえばお子さんやお孫さんの教科書を見せてもらって、一緒に読んでみるのも良いでしょう。私自身も研究生活からは卒業しましたが、文部科学省とJICA(国際協力機構)による、農業技術による途上国支援事業でコーディネーターを務めています。アフリカや東南アジアの国々を訪ねて国際貢献をしつつ、これからも学び続けたいと思っています。

(取材=2016年5月20日/笹氣出版印刷株式会社 小会議室にて)

研究者プロフィール

東北大学名誉教授
専門=作物学
國分 牧衛 先生

(こくぶん・まきえ)1950年岩手県生まれ。東北大学農学部卒。農学博士。農林水産省の研究所勤務(東北農業試験場、農業研究センター、国際農林水産業研究センターなど)を経て、2000年から2015年まで東北大学大学院農学研究科教授。2014年、日本農学賞・読売農学賞を受賞。著書・監修・編に『大豆まるごと図鑑 すがたをかえる大豆』、『作物栽培大系 5 豆類の栽培と利用』、『新訂 食用作物』、『そだててあそぼう9 ダイズの絵本』など。

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