研究者インタビュー

豆の食べ方から食卓の未来を考える

  • LINEで送る

ご飯とみそ汁の組み合わせ効果

 健康のためにはいろいろな種類の食べ物を、バランス良く摂取しなければなりません。中でも豆類はタンパク質や脂質などの栄養素に富んだ、実に優れた食品です。国連が今年を「国際豆年」に定めたのは、世界の食料生産や食生活の改善に、豆が果たす役割を高く評価したことが主な理由でしょう。

 そして豆類、特に大豆は、日本人にとってきわめて身近で重要な食材です。熟する前の枝豆はゆでるとおいしく、「ずんだ」にしても楽しめます。一方で熟した豆は固く、煮豆などの調理には少々手間が必要です。しかし豆腐、納豆、味噌、醤油などの豊富な加工品のおかげで、私たちは日常的に大豆を食べることができています。

 また精進料理の素材である「ゆば」が豆乳から作られるなど、大豆は日本の伝統的な食文化に絶対に欠かせません。2013年には、和食がユネスコの無形文化遺産に登録されました。日本の食文化を世界に向けて発信するためにも、国際豆年を機に、大豆の魅力をぜひ再認識していただければと思います。

 日本人の主食である米には炭水化物だけでなく、体を作るタンパク質も含まれています。しかし量的にも質的にも、肉や卵にははるかに及びません。肉や卵をほとんど食べなかった昔の日本人は、主に大豆からタンパク質を摂取していたのです。さらに米と大豆の組み合わせには、それだけではないもう一つの栄養学的な効果があります。

 タンパク質は各種のアミノ酸が結合してできており、体に必要な「必須アミノ酸」は全部で9種類ありますが、食事ではこのうち、最も低い値のアミノ酸の水準でしか利用されません。ところが米と大豆を一緒に食べると、米の低い値のアミノ酸を、大豆のアミノ酸が補ってくれるのです。この「アミノ酸の補足効果」のおかげで日本人は、肉にも匹敵する高品質のタンパク質を摂取してきました。

 今年2月、私はこのことを河北新報の「食の泉」というコラムでも紹介しました。「まんが日本昔ばなし」の登場人物の食事を例に、日本食のご飯と味噌汁のチームワークは科学で証明されている、と書いたのです。この連載ではアニメ番組を題材に、6回にわたって栄養学の基礎知識をお伝えしました。ご好評をいただけたそうで、うれしい限りです。

 味噌に限らず、私たちの祖先は大豆の加工・保存技術を追求し、素晴らしい食品を生み出してきました。作物としての大豆と同様、中国から伝わった技術も多いのですが、日本の風土に合わせて改良が重ねられた結果、私たちの食卓は実に豊かです。海外旅行先の食事ではこのことを実感しますし、醤油などは優れた調味料として、今では世界中に広まりました。

大豆イソフラボンの作用が「肉食化」で低下

interview33_no01-03 大豆に含まれる植物性のタンパク質や脂質は、動物性に比べて健康に良いことが分かっています。加えて大豆には、血圧やコレステロール値を下げるなどの働きをする「非栄養素成分」も豊富に含まれていることはご存じでしょうか。

 その中でも特に大きな注目を集めてきたのが、女性ホルモンに似た作用を持つ「イソフラボン」です。取り過ぎには注意が必要ですが、乳がんや前立腺がんの予防効果、更年期障害や閉経後のさまざまな症状の改善効果、さらには顔のシワが浅くなるなどの美容効果が報告されています。

 この大豆イソフラボンが、私の研究対象の一つです。大豆イソフラボンは同じ量を摂取しても、人によって体への影響が大きく異なるのですが、その理由が明らかになってきました。

 私たちの体の中では、さまざまな化学変化が起きています。大豆イソフラボンは酵素による変化と腸内細菌による変化を経て、「エクオール」という物質になるのですが、近年の研究では、大豆イソフラボンはエクオールになることで体に作用すると考えられているのです。

 ところがこのエクオールを産生できる腸内細菌を持っているのは、日本人のおよそ半数に過ぎません。逆に言えば半数の人は、大豆イソフラボンを摂取しても効果はたいへん小さいということになります。

 動物では、ネズミなどの「齧歯類(げっし)」や鶏が、ほぼ100%エクオールを産生できます。しかしネズミに魚だけを与え続けてもエクオールを産生する能力は失われませんでしたが、肉だけを与え続けると、1週間ほどで産生できなくなったのです。また八木山動物公園に行って動物たちのフンを調べたところ、草食動物であるシマウマや象はエクオールを産生できましたが、肉食動物のライオンやトラは産生できませんでした。

 どうやら大豆イソフラボンの効果は、人間の「肉食化」が進むほど下がってしまうようです。日本や韓国では、エクオールを産生できる人の割合は若い人ほど低下している、という報告があります。私が宮城学院女子大学の学生に行った調査でも、その割合は15年ほど前の約50%から20%になりました。

 日本人が肉を食べる量は2006年に初めて魚を上回り、その差は広がりつつあるそうです。たとえ今までどおり大豆を食べ続けたとしても、日本人の体の変化によって、大豆イソフラボンが体にもたらす作用は小さくなっていくかもしれません。

豆類の消費を増やすための研究開発を

interview33_no01-02 私は高校時代に生物と化学が好きだったことから、この両方が学べる栄養学の道へと進みました。大学院で取り組んだのはビタミンAの研究です。修了後は「実際に人の役に立てる研究開発の仕事がしたい」と考え、大塚製薬に勤めました。

 食品や飲料を企画することになり、「栄養素を補う商品はたくさんあるから、非栄養素に注目しよう」と考えました。入社2年目に企画した食物繊維が摂れる飲料は、後に「ファイブミニ」という商品名で発売されています。

 次に担当したのがカルシウムを摂取できる食品です。人は牛乳や乳製品を取り続けないとカルシウムが不足します。子どもは給食に牛乳が出ますが、学校は長期休業がありますし、成長期の中学時代に給食がない地域も少なくありません。大人も、意識的に牛乳や乳製品を食事に取り入れている人は多くはないでしょう。手軽に食べられるクリームサンドウエハースでカルシウムが摂取でき、牛乳よりもカロリーが小さい「ザ・カルシウム」という商品は、こうした問題意識から生まれました。

 1996年には、大豆イソフラボンの研究が始まりました。先ほど述べたとおりエクオールを産生できない人もいることから、エクオールそのものを供給できる製品の開発を目指したのです。私自身は大学での研究や教育にも関心があったため、1999年からは宮城学院女子大学に移りましたが、その後も開発は続けられ、昨年商品化されました。

 「きちんとした食生活をしていれば、こうした製品は必要ない」と思われる方もあるでしょう。私も学生時代には「昔は無かったのだから加工食品は不要だ」と思っていました。

 しかし豆腐や納豆も、先人たちが工夫を重ねて大豆から作り出した加工食品に他なりません。日本人の食生活は変化し、大豆や魚の消費量は減少し続けています。その一方で例えば豆乳は、パック入りの商品が若い女性にも人氣です。先人たちを見習って私たちも、科学的な研究成果を応用することで、現代人の好みや生活スタイルに合った、健康に良い食品や製品を生み出す必要があるのではないでしょうか。

 日本は現在、大豆の大部分を輸入に頼っています。しかし新しい食品の開発では世界をリードし、あわせて世界に貢献できるのではないでしょうか。若者にも好まれる、大豆や魚から作られた加工食品や、より健康に良い成分を摂取できる製品が、日本で生まれるかもしれません。また長期に保存できる食品が、災害時に人の命と健康を守るかもしれないのです。

 栄養学は比較的新しい学問です。そのせいなのか扱いは、大学教育においても生涯学習においても小さすぎるように思います。「食育」が盛んな義務教育でも、教科学習では家庭科や理科に分散していて、総合的に学ぶ機会がありません。

 栄養学の対象は、私たちが毎日口に入れ、私たちの体を作っているものです。市民の皆さんにも、大いに関心を持って学んでいただきたいと願っています。

(取材=2016年5月16日/宮城学院女子大学 家政館2階 正木研究室にて)

研究者プロフィール

宮城学院女子大学 生活科学部教授
専門=栄養学
正木 恭介 先生

(まさき・きょうすけ)1957年千葉県生まれ。東北大学農学部卒業。東北大学大学院農学研究科(食糧化学)修了。農学博士。大塚製薬株式会社勤務(主任研究員)を経て、1999年より宮城学院女子大学助教授。2000年より現職。著書に『基礎栄養学』など。

  • LINEで送る